人気飲食店が集まる今泉エリアに、2026年4月25日、『nowhere』がオープンしました。ビルの階段を上がり店に入ると、まず目に入るのが、入口そばに設けられたスタンディングスペース。その奥には、カウンター席が並び、さらにテーブル席も備えています。この店で楽しめるのは、炊き込みご飯とビストロ料理。カジュアルなワイン酒場のようでありながら、料理の土台にあるのは、確かなフレンチです。
この店が生まれた背景には、オーナーの石井克典さんと料理人の鎌田咲夢(さむ)さんの縁があります。『焼売酒場いしい』や『麺屋 いしヰ』など数々の人気店を手がける石井さんのもとで、鎌田さんが働いていたのは10年以上前のこと。その後も交流は続き、鎌田さんが福岡へ戻って独立を考えていた頃、石井さんとの間で店づくりの話が進みます。ほどなくして物件が見つかり、鎌田さんが料理を担う店として『nowhere』が始まりました。
鎌田さんは専門学校を卒業後、福岡のフランス料理店を経て、カナダ・トロントに渡りました。現地ではポルトガル系のワインバーに身を置き、その後、香港ではフレンチと和食の要素を重ねた店で経験を積みました。帰国後は東京のジビエを扱う店へ。福岡、カナダ、香港、東京で触れてきた味や技法が、『nowhere』の料理につながっています。
こうした経験を背景に、『nowhere』が大切にしているのは、フレンチをもっと身近に感じられること。ワインを片手に、気になる料理をアラカルトで楽しめるカジュアルさがありながら、味わいには和の調味料やアジアのスパイス、各地で学んだ技法が生かされています。料理の発想は自由でも、料理名はあくまでも親しみやすく。メニューを見たときに味を想像しやすいことも意識しています。とはいえ、供される料理は、よく知る洋食や居酒屋料理の延長ではありません。親しみやすい名前の奥に、スパイスやソース、調理法の仕掛けがあります。
その象徴ともいえるのが、「オマール・クラブご飯」(3,278円)。海老オイルや蟹味噌を使い、ストウブで炊き上げる濃厚な炊き込みご飯です。蓋を開けた瞬間に魚介の香りが立ち上がり、ひと口目から力強い旨みが広がります。締めのご飯というより、ワインとともに食事の途中で楽しみたい味わい。濃厚でありながら、レモンを搾ると、さわやかな余韻が加わります。
一方で、各国で触れてきた味や技法を、より自由に重ねた料理もあります。「nowhereスパイシーチキングリル」(2,398円)は、骨付きの鶏もも肉を、スパイスやニンニク、生姜でマリネした後、皮目は北京ダックの製法を取り入れてパリッと仕上げています。添えられているのは、ヨーグルトを主体にした白のソースと、ハリッサを思わせる赤のソース。ネパールチキンやチキンオーバーライスのイメージを重ね、フレンチの店でありながら、アジアや異国の香りも感じられる、ジャンルを横断する料理です。
さらに、軽やかな皿にも鎌田さんらしい構成が生きています。「帆立とクスクスのサラダ」(1,298円)は、クスクスにキュウリやトマト、ズッキーニやオクラなどの野菜を合わせ、ソテーした帆立と海老を重ねたもの。オマールのジュ、ガスパチョのソース、セロリのジェノベーゼを合わせ、冷たい前菜の中にも魚介の旨みやハーブの香りをしのばせた、夏らしい一品です。
こうした自由さは、ワインに寄り添う小皿料理にも表れています。たとえば「自家製ポークハム」(858円)。鎌田さんが東京のジビエ料理店時代に学んだシャルキュトリーの仕事を生かし、店で仕込んだもので、しっとりとした食感の中に、肉の旨みが凝縮しています。また、「キャロットラペ」(528円)のように軽くつまめる料理もあり、前菜から主菜まで、その日の気分に合わせて組み立てられます。小皿で始め、炊き込みご飯や肉料理へ進む。そんな流れを自由に選べるのも、アラカルトならではです。
ワインはグラス660円から。白や赤を中心に、オレンジやロゼもそろえ、ボトルも5,000円台から。コニャック地方の酒精強化ワインをソーダで割る「フレンチハイボール」(880円)などもあり、ワイン以外のドリンクも軽やかに楽しめます。入口そばのスタンディングスペースは、待ち合わせや食後に少し飲みたいときにも便利。カウンターやテーブル席で腰を据えて食事を楽しむこともでき、その時々の過ごし方に合わせられるのも『nowhere』らしいところです。
店名の『nowhere』には、「どこにもない」という意味があります。一方で、綴りを分ければ「now here」、つまり「今、ここにある」という言葉にも読めます。フレンチを土台にしながら、和の調味料やアジアのスパイス、各国で触れてきた技法を軽やかに取り込み、気負わず楽しめる料理へ。親しみやすいのに、どこか新しい。そんな料理と空間が、フレンチとの距離をそっと近づけてくれます。
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