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土を喰ふ日々 -わが精進十二ヶ月- 水上 勉

土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月 箸:水上 勉

普段は全く作らないのだが、たまに気が向くと不得手ながら台所に立ってごはんを作ることがある。野菜を切ることもおぼつかないものの、自分で作ったという達成感と作ったものを美味しく食べるという一連の流れが、一人前の生活者になったようで嬉しくなる。それが食材から自分でこしらえたものということになれば、その喜びはひとしおだろう。

本書は水上勉が軽井沢の人里離れた山荘で作り続けた精進料理について綴ったエッセイ。
5人兄弟の次男として生まれた彼はいわゆる口減らしのため京都にある禅宗寺院に送られ、少年期を過ごした。禅寺での生活は幼い彼にとって辛いものだったが、その経験は後年になって、彼が精進料理をつくるきっかけをあたえることになる。

この本を読むと精進料理とは素材や調理法のことではなく、生き方であるということに気付く。自ら耕した畑から食べ物を探し、捨てず、工夫して利用し、また還す。

台所は賄吟味役なる人によって土とむすびつく。それは自然と旬の素材を取り入れることとなる。それを水上は「土を喰う」と表現した。

土喰う日々

16歳になった水上は当時、東福寺の管長だった本孝老師の世話係である隠侍となる。文筆家で酒呑みでもあった本孝老師は僧名で承弁と呼ばれていた水上に、事あるごとに声をかける。「承弁や、またお客さんが来やはった。こんな寒い日は、畑に相談してもみんな寝てるやもしれんが、ニ、三種類考えてみてくれ。」

ある時、まだ食べることのできるほうれん草の根を切り捨てていたところを老師に見つかったことがあった。老師はだまってそれを拾い集めると、怒るふうでもなく、「いちばん、うまいところを捨ててしもたらあかんがな」といった。老師との何気ないやり取りのなかで承弁は料理と共に生き方を学んでいく。多くは語らない老師の言葉。だからこそ言われたことが心に残る。きっと山荘で暮らす日々のなかでも老師の言葉を思い出すことがあったのだろう。老師からの教えは水上のなかに確かに根付いており、彼を軽井沢の生活へと導いている。

精進料理を美徳としているわけでも説教じみた教えがあるわけでもない。ただ、人は生きるために喰わなければならず、その行いは変わらない。どんな時でも畑に向かい料理を続け、作ったものを美味しく頂く。そうしてまた季節が巡ってゆくことが、淡々と述べられている。
かつては当たり前だった自然からもたらされる料理はどれも新鮮で、ため息がでるほど美味そうだ。

精進料理の印象を身近なものに変えてくれる。この秋はこんがりと焼いたくわいに挑戦してみたい。 

著者:プロフィール

水上勉
(1919-2004)福井県生れ。少年時代に禅寺の侍者を体験する。立命館大学文学部中退。戦後、宇野浩二に師事する。1959(昭和34)年『霧と影』を発表し本格的な作家活動に入る。1960年『海の牙』で探偵作家クラブ賞、1961年『雁の寺』で直木賞、1971年『宇野浩二伝』で菊池寛賞、1975年『一休』で谷崎賞、1977年『寺泊』で川端賞、1983年『良寛』で毎日芸術賞を受賞する。『金閣炎上』『ブンナよ、木からおりてこい』『土を喰う日々』など著書多数。2004(平成16)年9月永眠。

Information

書籍名: 土を喰う日々―わが精進十二ヵ月―
著者: 水上勉
出版社: 新潮社
価格: 693円(税込)
ISBN: 978-4-10-114115-2

この記事の著者について
[テキスト/佐藤弘庸]
1987年札幌生まれ。2009年日本出版販売への就職を機に上京。入社後は紀伊國屋書店を担当。
2011年にリブロプラス出向。2016年より日販グループ書店の営業担当マネージャー。
2022年より文喫事業チームマネージャー兼 文喫福岡天神店 店長。

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この記事を書いたひと

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