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全国旅行支援は始まったけれど…人手不足で問われる「接客の質」

10月11日から始まった「全国旅行支援」。初日は旅行代理店の窓口が何時間待ちになったり、旅行予約サイトがつながりにくくなったり、と、フィーバーの様相だが、受け入れ側も喜んでばかりはいられない状況があるという。RKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した、元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎さんが解説した。  

受け入れる旅館・ホテルの人手不足が深刻

帝国データバンクが今年7月に行った「人手不足に対する企業の動向調査」で、正社員が足りないと答えた企業は、半数近い47.7%でした。パート・アルバイトなど非正規社員についても28.5%が足りていないと答えました。

 

問題はその業種です。社員不足が最も顕著なのは「旅館・ホテル」で66.7%。実に全体の3分の2です。コロナ禍が始まったおととしはほぼ足りていたのに、その後の苦境で解雇や離職が相次ぐなどした結果です。7月の調査時点ではまだ、全国旅行支援も海外からの渡航制限解除も決まっていなかったので、今はもっと深刻でしょう。

 

実際、朝日新聞によると、外国人スキー客が多い北海道・ニセコのホテルはこの冬、3年ぶりに営業を再開しますが、スタッフ不足で予約を制限せざるをえなかったり、レストランを一部開けられないホテルも出たりしていると言います。

 

また、運輸業もおよそ6割が社員不足を訴えていて、コロナ禍の最中、業績好調だった宅配業にドライバーが移ったこともあり、特に観光バスなどで今後、運転手不足が深刻になると言われています。既に観光県の沖縄では表面化していて、県バス協会が7月に行った調査では、加盟10社で運転手140人、バスガイド120人の不足が判明したそうです。

観光業同様にコロナ禍でダメージ受けた飲食業も

一方、パートやアルバイトなど非正社員が「足りない」と答えた業種は、断トツで飲食業でした。実に73%にのぼり、全業種で唯一、7割を超えています。

 

こちらも状況は観光業と同じ。コロナ禍で店は休業や営業時間の短縮を余儀なくされ、多くの従業員も職を失いました。これは全業種を通じての数字ですが、野村総合研究所の調査によると、去年の5月時点で失業状態にあったパートやアルバイト従業員は、女性でおよそ92万人、男性で40万人にのぼります。厚生労働省のデータによると、パートタイム労働者のおよそ1割が飲食業ですから、飲食業だけで少なくとも十数万人のパートさんが仕事を失った計算になります。

 

また、正社員不足が最も深刻だった「旅館・ホテル」は、パート不足でも業種別で4番目に多く、55.3%。半数以上の宿泊施設では、パートも足りていません。

 

背景には、ホテル・旅館業、飲食業ともに、個人経営が過半数を占め、法人経営でも多くが中小という現実があります。

雇用保蔵できていれば…

みなさんは「雇用保蔵(こようほぞう)」という言葉を聞いたことがありますか? 私も今回調べていて初めて知ったんですが、不況の時にも従業員を解雇せず、労働時間を短くするなどして雇い続けることを言うそうです。知識や経験のある社員を手放さずにおけば、景気が回復したときV字回復の原動力になるからです。

 

「経営の神様」と言われた松下幸之助さんの例が有名で、1929(昭和4)年の大不況の時、番頭さんに「従業員を半分にしなければ立ち行かない」と言われたんですが、しばし考え込んで涙を流した後「一人も解雇したらあかん!」と言った――と。代わりに、翌日から幹部や工場も含む全従業員が営業に出て、この苦境を脱したという話で、「雇用保蔵」は日本的経営の特徴の一つとも言われます。

 

今回のコロナ禍では、売上が落ちても社員を休業させて雇い続ければ、国の雇用調整助成金を受けられたので、社員を「保蔵」できた企業も少なくありませんでした。ただ、とはいえ、こうした対応ができるのは、どうしても経営的に余力がある所、主に大企業になります。

 

つまり、小さな旅館や飲食店などは、そうしたくてもできず、今は人手不足の苦境にあるわけです。しかも、生活が懸かっているベテラン従業員ほど、辞めた後は再就職しますから、呼び戻そうにも難しく、やむをえず学生アルバイトなどで埋めるケースが少なくないと言います。

人手不足が引き起こした「接客の質」の低下

すると何が起きるか――。「接客の質」の低下です。ここからは私と長男が、つい最近、経験したことをお話します。

 

私は東京の観光地にある、老舗の料理屋を訪れました。かつては行列が絶えず、元気のいい仲居さんの声が響く繁盛店でしたが、数年ぶりに訪ねた店は、外は賑わっているのに閑散として、店員さんはほとんど若いアルバイトに替わっていました。注文を受けた女の子は何が不満なのか、ビールもコップもドン! ドン! と音を立てて置くわ、遅れて来たメンバーが受付で予約名を言って席を聞いても「自分で探してください」と言われるわ。閑散としていたのは客離れもあるのだろうな、と感じました。

 

また、長男は「以前行ったイタリアンがおいしかった」と、大阪から上京して奥さんと都内の店を再訪したんですが、店員さんが替わっていて、注文は間違うわ、2人のタイミングを合わせずにバラバラ料理を出すわ。結構な値段なのに「多分、ホールも厨房も人が足りてないね」とガッカリしていました。

 

まあ、観光も飲食もようやく回復の緒に就いたところですから、小料理屋のせがれとして育った身としては、「従業員さんの確保も、教育も大変でしょうが、とにかく頑張ってください」というしかないですし、みなさんにも、飲食・宿泊業界の苦境を知っていただければと、お話しました。私も、旅や食事に行って応援します。

接客の極意とは?

最後に、私が取材で知り、感動した接客のエピソードをお話します。
その老婦人は若き日、結婚したばかりの夫に連れられて、老舗のレストランを訪れました。まだ日本が貧しかったころ、初めて食べるコース料理の味はもちろん、歴史ある建物と、親身な接客は一生の思い出になりました。
 
それから半世紀――。老婦人は金婚式の日に一人、同じ會舘を訪ねます。感慨深くホールを仰ぎ見る老婦人に、ボーイさんが話しかけ、老婦人は思い出話をします。そして、今日が結婚記念日であること、夫は2年前に亡くなったけれど、思い出のレストランで食事をしたいことを伝え、席に案内されます。窓際の特等席でした。
 
やがて料理が運ばれ、そのボーイさんとまた少し話をしていて、ハッとします。婦人の向かいの席に、フォークやナイフ、ナプキンの置かれた席がもう一人分、セットされたからです。驚いてボーイさんを見ると、彼はその空席にあたかも人がいるようにコップに水を注ぎ、微笑んでこう言います。
 
「金婚式ですから」
 
婦人は「ありがとう」の言葉が、涙で言葉になりませんでした。
これは、作家・辻村深月さんがサンデー毎日に連載してくださった「東京會舘とわたし」の取材で聞いた実話です。その後、老婦人からお礼の手紙が届いたんです。辻村さんはこのエピソードを素晴らしい短編小説に編んで、本にもなりました。いま読んでも泣けます。

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