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「日本版ボブ・ディラン」中島みゆきの名曲の歌詞を読み解く

RKBラジオ『立川生志金サイト』のコメンテーター、潟永秀一郎・元サンデー毎日編集長はかつて作詞家を志望していた。そこで毎月一回お送りしているのが「この歌詞がすごい」という解説コーナー。10月28日の放送では、「日本版ボブ・ディラン」「歌う谷川俊太郎さん」だというあのアーティストの2曲を読み解いた。  

ラジオ番組に寄せられたお便りから生まれた「ファイト!」

これまで取り上げてきませんでしたが、今回は中島みゆきさんです。みゆきさんの歌は、どれも歌詞が凄過ぎて、どれを取り上げようか、迷っていました。シンガーソングライターですが、私は、詩人がメロディに乗せて語っている「吟遊詩人」、他の言い方をすれば「日本版ボブ・ディラン」あるいは「歌う谷川俊太郎さん」だと、それくらいに思っています。

 

まずは「ファイト!」。いま、ご本人出演の某CMで、毎日のように聞きますね。

 

この歌にまつわるエピソードは有名なので、ご存じの方も多いと思いますが、改めてご紹介します。中島みゆきさんがパーソナリティを務めていたラジオ番組に1通のお便りが寄せられました。今から40年前、1982年5月4日の『オールナイトニッポン』です。

 

お便りをくれたのは、中学を出て働き始めて2年になる17歳の女の子。勤務先で先輩社員が「あの子は中卒だから事務は任せられない」と言っていたのを聞いてしまいます。彼女は泣きたいくらい悔しい思いをしたことをつづり、でも、愚痴を書いたことを「ごめんなさい」と詫びて、お便りを閉じます。

 

みゆきさんは「偉そうなことを言っちゃえば」と断ったうえで「どういう経歴かということより、そこで何を学んだかが大切だ」「みんなが分かってくれなくても、あなたの良さを分かってくれる人はきっとどこかにいる」という趣旨の話をして、最後に「ファイト!」と呼びかけました。

 

この歌「ファイト!」がリリースされたのは、その翌年、アルバム「予感」のラストソングでしたから、私も含めて多くのファンは、歌が生まれた原点だと思い当たりました。みゆきさんも後にインタビューで、歌の背景にあのお便りがあることを認めつつ「いったん自分で取り込んで、歌の世界として書いています」と、語っています。

 

さて、歌詞です。

 

1番はまさに、このお便りの世界。若さや経験の無さをなじる、理不尽な大人たちへの怒りと悔しさです。

 

ところが、2番の世界観は全く変わります。駅の階段で子供を突き飛ばした女の薄笑い。その怖さと、叫び声も上げられず助けることもできなかった自分の不甲斐なさを並列に並べて、「私の敵は私です」と、自分を責めます。

 

3番のテーマはおそらくスポーツ選手。それも、イメージとしてはボクサー。傷だらけでやせこけて川を遡上してゆく魚にたとえて、「流れ落ちてしまえば楽なのにね」と。それでも出場通知を抱いてリングに上がった選手が「海になりました」というのは、魚が海へ流されるように、敗れてリングを降りた比喩でしょうか。

 

そして4番はなぜか突然、北部九州ことば。印象としては北九・筑豊方面でしょうか。

薄情もんが田舎の町に あと足で砂ばかけるって言われてさ

出ていくならおまえの身内も 住めんようにしちゃるって言われてさ

うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかったこの切符

あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき
何かの事情で故郷に縛り付けられた、若者の悔しさですよね。

 

5番のテーマは、おそらく性暴力。「力ずくで男の思うままに ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ」という慟哭です。

 

視点はすべて弱者の側で、もう許してください、というくらい、胸をえぐられます。でも、ここで転調して、こう歌います。

ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく

諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく
それでも諦めなければ、未来は開けるという希望ですね。そしてもちろん、繰り返されるこの歌詞。

ファイト! 闘う君の唄を

闘わない奴等が笑うだろう

ファイト! 冷たい水の中を

ふるえながらのぼってゆけ
――です。苦しさや悲しさは、知らなければその方が幸せかもしれない。けれど、知ってこそ得られる強さや優しさがある。流されて生きる方が楽かもしれない。けれど、抗ってでも大切な何かを守る尊さもある。それを不器用というなら、言わせておけばいい――という、きれいごとでない励まし。それこそが、この歌のテーマですよね。ファイト!

権力にもの申す側が訴える“二つの夢”

もう1曲「世情」です。ドラマ『3年B組 金八先生』の挿入歌として、ご記憶の方も多いんじゃないでしょうか。実は、先ほどご紹介したラジオ番組へのお便りの後に、みゆきさんがかけた曲が、この「世情」でした。

 

この歌には二つの「変わらない夢」が登場します。サビの、この歌詞です。

シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく

変わらない夢を 流れに求めて

時の流れを止めて 変わらない夢を

見たがる者たちと 戦うため
一つは、世の中は変わっていくものだと分かったうえで、それでも守りたい夢。もう一つは「時の流れを止めて変わらない夢」、つまり、ある時点から一歩も動かない夢。

 

それが何か、歌詞が限定していない以上、私が例示することは控えますが、ただ、シュプレヒコールを上げる側、つまり権力にもの申す側が、前者=世の中は移ろうものだけど「それは許せない」「やっちゃダメだ」と訴える側=だと読めます。

 

例示しないと言いながら、いろんな言葉が浮かびます。「平和」「LGBTQ」「ジェンダー」「家族観」……等々。

 

そして私が個人的に、この歌で胸が痛いのは次の歌詞。

包帯のような嘘を 見破ることで

学者は世間を 見たような気になる
――です。

 

もちろん私は、学者さんの足元にも及ばない者ですが、「教えて 潟永さん」という、思いもよらないタイトルのコーナーを担当して、分かったようなことを言っています。だから「お前は世間を分かっているのか」と、聞く度にグサグサと刺さります。この場を借りてお詫びします。ごめんなさい。

 

さて、今回は膨大なみゆきさんの名曲の中から、2曲を紹介しましたが、改めてアルバムの歌詞カードを読み返すと、本当に「凄い歌詞」ばかりです。ユーミンの回でも言いましたが、1975年のデビューから47年。みゆきさんと同じ時代を生きられたことの幸福を思います。

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