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2025年6月1日から改正刑法が施行され、刑罰のあり方が大きく変わりました。明治40年(1907年)に刑法が制定されて以来初めて、刑罰の概念が「懲らしめ」から「立ち直り」や「再び罪を犯すことの防止」へと軸足を移すことになります。これにより社会はどのように変わっていくのでしょうか。司法制度に詳しい、ジャーナリストの山本修司さん(毎日新聞出版社長)が6月6日のRKBラジオ『立川生志 金サイト』で解説しました。
保護司制度と改正刑法は「コインの裏表」
5月16日のこのコーナーでお話しした保護司の制度と今回の改正刑法は、実はコインの裏表のような関係にあります。改正法の施行が今週初めというタイミングだったので、今日お話ししようと思います。
一度罪を犯した人が犯罪を繰り返すことを「再犯」といいますが、2023年の刑法犯として検挙された人の中で再犯者が占める割合は47%と約半数に上り、刑務所に入った受刑者のうち、2回目以降の入所者の割合を示す「再入者率」も55%と非常に高い割合を示しています。
また、日本の保護司の制度が、再犯の防止に役立っているということは前回お話ししました。保護司らの活動は刑務所の外のこと、出所した人へのアプローチですが、今回の話は、刑罰のあり方を変えることで再犯を防いでいこうという、刑務所の中でのこと、出所後を見据えた受刑者へのアプローチになります。どちらも極めて大事なことです。
「懲役」と「禁錮」を廃止し「拘禁刑」へ
改正される前の刑法は主な刑について、死刑▽懲役▽禁錮▽罰金▽拘留▽科料――と定めていました。この中で、懲役は作業を義務付けているのに対して、禁錮は作業を義務付けていないという違いがあるのですが、禁錮の受刑者も大半が希望して作業をしており、二つの刑罰を区別する意義がそもそも薄れていました。
それで今回、懲役と禁錮は廃止されて「拘禁刑」となるのが改正点で、6月1日以降に起きた事件などで有罪になった人は、判決の主文で「拘禁刑3年」という言い渡しを受けることになります。裁判の取材をしていた私は「主文、被告人を懲役3年に処す」などという言い渡しになじんでいますので、慣れるまでちょっと時間がかかるかもしれません。
刑罰の話は奥が深くて、これを始めると何時間もかかるくらいなのですが、ちょっと紹介しますと、死刑は「生命刑」といって、強制的に命を奪う極刑や処刑などともいわれる究極の刑です。死刑については是非についてさまざまな議論がありますが、これも今日はおいておきます。
一方、懲役、禁錮、拘留は「自由刑」といって自由を奪う刑罰で、作業を強制的に科すのが懲役、科さないのが禁錮と拘留で、拘留は一般に30日以内の短期というものです。罰金や科料は「財産刑」といってお金で償わせるものですが、罰金は一般に1万円以上、科料はそれ未満と金額で分かれます。
「身体刑」という言葉もありますが、むち打ちとか江戸時代の百叩きや石を抱かせるなど身体に苦痛を与えるなどの刑罰で、これは近世以降みられません。「名誉刑」というのもあって、文字通り名誉を奪ったり恥辱、はずかしめを与えたりする刑で、市中引き回しとかさらし首などがこれに当たりますが、これもいまはありませんね。
刑罰の考え方が大きく変化、「改善更生」を明記
ちょっと話が細かくなりましたが、今回の刑法の改正で大きいのは、刑罰への考え方が大きく変わることです。改正前の刑法12条には「懲役は、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる」、13条には「禁錮は、刑事施設に拘置する」と書かれていましたが、先ほど申し上げたとおり懲役と禁錮は「拘禁刑」に統合されますので、改正後の12条には「拘禁刑は、刑事施設に拘置する」「拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる」と改められました。
この「改善更生を図るため」と明記され、「必要な作業、または必要な指導を行うことができる」とした点がとても重要です。
現状でも、例えば薬物依存や性犯罪に関わった受刑者に対しては特別プログラムがあって、これが再犯防止に一定の効果があることは分かっているのですが、懲役の場合、刑法に「作業を行わせる」と明記されていることで、刑務作業をこなすことが優先され指導が十分に行えないという面があったのですが、今後は、例えば作業を行わずに指導だけをおこなうということもできるようになります。
要は受刑者の事情や特性に応じて、作業や指導を柔軟に組み合わせることで、オーダーメード型の処遇が可能となるわけです。
受刑者の多様化に対応、きめ細かな処遇へ
こういった改正が必要になった背景には、刑務所の環境の変化があります。昭和の時代には20~30代の受刑者が圧倒的に多く、暴力団関係者が3割を超えた時期もありました。
ところが平成以降は高齢化が顕著になり、障害を持つ受刑者も目立ってきています。2023年に刑務所に入った受刑者1万4085人の中で65歳以上の受刑者の割合は14.3%に上り、この20年で10ポイント上昇しています。精神障害や知的障害、認知症などもありますがそういった受刑者も全体の2割に上るなど、多様化しているわけですね。
かつては受刑者の処遇は、犯罪傾向の進み具合で分類してきたので、万引きを繰り返す高齢者と暴力団関係者が同じグループに分けられるケースもあったようです。受刑者が多様化してきた中で、もっときめ細かな対応が必要になったという側面もあります。
法律には書かれていませんが、これまで受刑者を呼び捨てにしていたのを「○○さん」とさん付けで呼ぶという運用もします。受刑者一人一人に対して、社会復帰後の課題を想定しながらの丁寧な処遇が求められるということです。
被害者感情への配慮と刑務官の負担増が課題
方向としてはいいことなのですが、問題もあります。一つは被害者感情です。
犯罪被害者の立場からいえば、加害者、受刑者にはできるだけ重い「罰」を与えてほしいと望んでいます。再犯防止が大事だということは理解できても、まずは懲らしめて自分の犯した罪の重さをかみしめてほしいと思っているわけです。そこに出所後を見据えた指導とか「さん付け」というのでは納得できない、ということは理解できるところです。
また、刑務官も大変です。受刑者といっても千差万別で、刑務所内の秩序を保つためには、一定の上下関係、刑務官の指導には絶対に従うようにする形も必要だったわけで、ですから呼び捨てだったのですね。それでも従わない受刑者も少なくなく、所外には伝わらないトラブルは数多くあるのです。
私にも刑務官の知り合いはいますが、結構親子2代とか3代というケースも多く、受刑者の更生に燃えて刑務官を志すのですが、思ったようにならず心を病んで退職した人も少なくありません。それだけ大変なのですね。これからは「懲らしめではなくて再犯防止だ」となれば、全力で取り組むことは間違いありませんが、当然これまで以上に手間も苦労も多くなるわけですね。
ですから、今回の改正刑法の施行に際しては、犯罪被害者への配慮や、刑務官へのケアも大変重要になってきます。刑務所内の取り組み、そして保護司制度など出所後の取り組み、さらには受刑者をめぐる被害者や刑務官への配慮など、派生してやっていかなければならないことが多いことも、ここで確認しておきたいと思います。
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この記事を書いたひと

山本修司
1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。