決戦は「13日の金曜日」だった。
私はこの日、ソフトバンク対DeNAの試合をRKBラジオで初実況した。夢だった「野球実況アナウンサー」になった記念日だ。ここまでの道のりはそう甘くなかった。初日の研修が行われたのは、みずほPayPayドーム福岡がよく見える会社の会議室。基本的なプレーを映像を見ずに言葉で描写する訓練をした。「投げました。打ちました……」。先輩アナウンサーと私の声がただ響くだけだった。その日から研修ノートを持ち歩き、トイレの中でも練習し続けた。球場での研修にたどり着いたのは、それから1カ月たってからのことだった。いざ目の前でプレーが進むと、覚えたはずの言葉が出てこない。三歩進んで、二歩下がる状態が続き、ついに「Ⅹデー」がやってきた。
試合前は食事が喉を通らず、作り笑顔でごまかした。「プレーボール!」。手元の資料を見る余裕もない。「落ちつけ!」と心中、何度も言い聞かせた。人生最大の緊張と同時に、野球を心から楽しんでいる少年時代の自分が心の中にいた。
そしてゲームセット。放送を終えた時、放送席の全員が自然と笑顔になった。今日まで、多くのリスナーや先輩方から応援いただいた。家に帰る道中は、どこか新しい人生が始まった気がして、とてもすがすがしかった。
6月21日(土)毎日新聞掲載
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