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人口500倍の大国=中国を恐れぬ欧州の小国・リトアニアとは

ラジオ
「命のビザ」の話を知っているだろうか。第二次世界大戦中の1940(昭和15)年、リトアニアの日本領事館に赴任していた外交官・杉原千畝が、ナチスドイツの迫害によって、各地から逃れてきたユダヤ人難民たちに、外務省本省からの訓令に反して通過ビザを発給したというエピソードだ。その舞台、リトアニアにいま日本も巻き込んだ「経済的威圧」がかけられているという。その相手は中国。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でコメントした。  

人権侵害や覇権主義的な動きへの問題意識が高い国

きょうはバルト三国の一つ、リトアニアの話。日本からは遠いが、「命のビザ」の舞台と聞けば、親近感が湧くだろう。先週、そのリトアニアの外相が来日し、日本の鈴木貴子外務副大臣と会談した。双方は、「リトアニアに対する経済的威圧」について、今後、連携していくことを確認した。「リトアニアに対する経済的威圧」が何かを説明しよう。

その前に、リトアニアの全人口はおよそ280万人。福岡市と北九州市の人口を合わせると約260万人だから、ほぼ同じ。その小さな国が、人口で500倍=14億4700万人と大差がある中国と、関係が極めて悪くなっている。

きっかけとなったのは、3年前にさかのぼる。香港で中国政府の締め付けに抵抗する若者たちが大規模デモを続けていた2019年8月、リトアニアの首都ビリニュスで、香港の民主派に連帯を示す市民集会が開かれた。そこに、中国の国旗を持った男たちが乱入する騒ぎが起きた。リトアニア外務省は、中国大使館の職員が関与したとして抗議。このトラブルをきっかけにリトアニア国民の対中感情が悪化した。

さらにリトアニア政府は昨年7月、ビリニュスに「駐リトアニア台湾代表処」の開設を認めた。日本や欧米諸国が、台湾の公館に使う名称「台北代表処」ではなく「台湾代表処」という名称を認めたのだ。中国にとって「台北」という都市の名前なら許容範囲だが、「台湾」という名称を認めたことで、猛反発が起こっている。

「台北」ではなく「台湾」。民主主義を実践する台湾へのシンパシーのようにも思える。リトアニアは第一次大戦後、ロシア帝国から独立したものの、ナチスドイツの侵攻を受けたり、独ソの密約によって、ソ連に占領されたりして、大国に翻弄され続けた悲しい歴史を持つ。ソ連からの離脱に至る独立闘争の過程では、ソ連軍の介入で流血の事態も起きた。リトアニアは大国に蹂躙された歴史的経緯から、人権侵害や覇権主義的な動きへの問題意識が高いのだ。

ウクライナに侵攻したロシアに対しても、同じ姿勢で臨んでいる。リトアニアのレビッツ大統領は4月、ほかのバルト三国の大統領らと一緒に、ウクライナの首都キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談。ロシアを厳しく非難するとともに、ウクライナへの軍事的支援の強化を表明した。常にロシアの脅威にさらされてきただけに、ウクライナで起きていることは、他人事ではない。

リトアニア相手に報復措置を続ける中国

話を中国との関係に戻す。中国は、台湾の窓口機関の名称問題を、「『一つの中国』への挑戦」と受け止めた。リトアニアから自国の大使を召還し、外交関係を格下げした。このほかにも、リトアニア企業との取引を停止し、輸入を事実上差し止めている。ほかのEU加盟国の企業に対しても、リトアニアの原材料を使った製品を中国へ輸出しないように圧力を掛けている。

冒頭のリトアニア外相の来日で触れた「リトアニアに対する経済的威圧」とはこのことを指す。日本とリトアニアで、名指しはしていないが、中国による「経済的威圧」の認識で一致した。日本がリトアニアの外相を招いたのは、日本からすれば、リトアニアを介した対中けん制にも見える。

来日したリトアニア外相にとっても、中国の隣国である日本と、中国に対して同じ認識を持つという成果に至ったわけだ。

ヨーロッパの小国と巨大国家。アリがゾウに戦いを挑むようにも見えるが、リトアニアは人口が500倍の中国が相手でも引かない。世界の目を自分たちに向けさせようという、小国のしたたかさはある。だが、人権や民主主義、法の支配といった価値観外交は、中国の急所を突いている。国際政治の中で、軽視してはいけないと思う。

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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