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米大統領を迎える中国の思惑…55年前の「ピンポン外交」と日本の影

飯田和郎

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東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、5月11日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演しました。今週、アメリカのトランプ大統領が中国を訪問するのを前に、中国は「ピンポン外交」の記憶を呼び起こす「仕掛け」をしていますが、その意図と、そこに欠落している日本の存在について解説しました。

スポーツと政治の密接な関係

今週の木曜と金曜(5月14日・15日)、アメリカのトランプ大統領が中国を訪問し、習近平国家主席と会談します。トランプ氏の訪中は2期目では初めてのことです。それを前に、大統領を迎える側の中国は、さまざまな仕掛けを続けています。

最近では先週5月6日、アメリカ、イスラエルと戦闘が続くイランのアラグチ外相が北京を訪問し、王毅外相と会談しました。中国には自国のエネルギーの安定供給という目論見があるでしょう。同時に、友好関係にあるイランへの影響力をアメリカに見せつける場にもなりました。ただ、今回はそうした目立つ話ではなく、思惑が潜んでいる話を紹介したいと思います。

テーマは「スポーツと政治」です。もちろん米中関係の話ですが、それだけではありません。今回紹介するのは、本来なら日本も絡むべきストーリーであるにもかかわらず、中国がいま、意図的に日本を絡ませないようにしている話です。

「スポーツと政治」は本来、別々に語るべきテーマですが、時としてその二つは密接に連動します。2月のミラノ・コルティナ冬季五輪で、ウクライナに侵略したロシアと、その同盟国ベラルーシの選手が、国家を代表するのではなく個人の資格(中立選手)としてのみ参加が認められたことがよい例です。スポーツ交流に関し、極めて政治的なにおいのするメッセージが、さきごろ中国から発信されました。

「小さなボールが大きな流れを動かす」

中国の習近平主席は、アメリカとの「ピンポン外交」55周年記念大会に祝賀メッセージを送りました。メッセージにはこのように綴られています。

「55年前、中国、アメリカそれぞれの指導者は、卓越した政治的知恵と戦略的先見性を持ち、再び両国国民の友好往来の扉を開きました。まさに『小さなボールが大きな流れを動かす』という歴史的美談を生み出したのです」

「ピンポン外交」という言葉をご存知でしょうか。1971年4月、名古屋で世界卓球選手権が開かれました。男女の卓球で世界ナンバーワンを決める大会です。大会期間中、こんなハプニングが起きました。アメリカのある男子選手が移動の際、間違えて中国選手団用のバスに乗ってしまったのです。当時、中国は毛沢東が主導した文化大革命のさなかでした。アメリカは「敵国」とされ、アメリカの選手との接触が禁じられていた時代です。

卓球の世界選手権といえば、今年は昨日5月10日までロンドンで開かれていました。団体戦で日本チームは男子、女子ともに銀メダルという結果でした。私が今回紹介しているのは、今から55年前の、同じ世界卓球選手権での出来事です。

アメリカ選手が間違って乗り込んだバス車内の様子に話を戻しましょう。当時、アメリカと中国の間に国交はありません。中国の選手やコーチたちは、アメリカ選手の突然の登場に驚き、困惑しました。接触したくないのは当然です。しかし、中国男子チームのエース、荘則棟(そう・そくとう)選手はアメリカ人選手と笑顔で握手し、カバンから取り出した中国製の絹織物をプレゼントしたのです。

この出来事をきっかけに、アメリカと中国の選手団の間に交流が芽生えました。中国側は閉幕後、アメリカ選手らを北京に招待。彼らは帰国せずに日本からそのまま中国に渡り、北京で中国の選手たちと交流試合を行いました。そして翌年1972年のニクソン大統領の電撃訪中、1979年の米中国交正常化に至ったのです。中国選手団のバスに誤って乗車したハプニングが始まりでした。

卓球の球の直径はわずか約4cm。そのボールが歴史的和解の扉を開いたことから、「ピンポン外交」と呼ばれています。

中国の政治的思惑と「パンダ外交」

偶然とは思えない気もしますが、いずれにせよ、中国が「美談」を語る時には政治的思惑を帯びることもあります。人々が忘れかけた話を掘り起こすのも中国流です。今回、55年も前のピンポン外交を引っ張り出したのは、典型的なケースと言えるでしょう。今週、トランプ大統領が中国を訪問します。中国にとって今年最大の外交イベントであり、それを前にいくつか先手を打ってきたわけです。

中国からアメリカへのアプローチと言えば、中国は最近、ジャイアントパンダ2頭をアトランタ動物園に貸与することを発表しました。卓球がピンポン外交なら、こちらは「パンダ外交」です。

パンダの貸与を発表したのは4月末。大統領の訪中を控え、友好ムードを演出する狙いでしょう。先ほども述べたように、中東危機の中、中国は水面下で友好国イランへ停戦を強く働きかけています。イランとの交戦の出口を見いだせず、窮地にあるとされるトランプ氏に手を貸した形です。また、先月には台湾最大野党・国民党主席との国共トップ会談をセットし、融和を演出して見せました。これも、台湾に大きな影響力を持つアメリカを意識したものです。

意図的に無視される日本の役割

ここまで、習近平指導部が掘り起こした55年前のピンポン外交について話してきました。ただ、重要な要素がすっぽり抜け落ちていることを強調しておきたいのです。

名古屋での卓球の世界選手権で、米中両国の橋渡しを担ったのは主催国・日本でした。元世界王者で日本卓球界の第一人者である荻村伊智朗、そして当時、日本卓球協会会長だった後藤鉀二(こうじ)は、名古屋での大会を前に北京へ渡り、首相の周恩来と会談して名古屋大会への参加を促しています。中国はその説得に応じて、中国卓球チームは日本で6年ぶりに世界の舞台を踏みました。

大会が始まり、名古屋で米中選手団の連絡役を務めたのも日本です。何より、バスに間違って乗り込んだアメリカ選手にプレゼントを渡した中国のエース、荘則棟は荻村伊智朗のテクニックを学び、腕を磨きました。荘則棟は生前、「若き日の私にとって日本の選手が先生でした」と述懐するほどでした。

日中関係が冷え込んでいることもあって、日本の果たした役割は今、無視されています。比較してみましょう。ピンポン外交からちょうど50周年の2021年のことです。コロナ禍にもかかわらず、半世紀前の世界選手権の開催地・名古屋で「ピンポン外交50周年記念シンポジウム」が開かれました。当時の中国の駐日大使はオンラインで基調講演し、「ピンポン外交は中国・日本・アメリカ3か国にとって、特別な歴史的意義を持ちます」と語りました。日本が果たした役割を忘れず、称賛していたのです。

半世紀の50周年と55周年では、確かに重みが違うでしょう。ただ、5年刻みであれ、中国人は本来、節目をとても大切にします。それなのに中国サイドは今回、日本を完全無視しています。

台湾有事をめぐる高市総理の国会答弁から半年が過ぎました。中国は日本批判を拡大するばかりで、関係改善の兆しは見えて来ません。

今週14、15日のトランプ大統領の中国訪問まで、あと3日。ピンポン外交を掘り起こし、パンダをアメリカに貸し出す中国は、米中友好を演出するでしょう。一方の日本については、今、日本との関係を改善する必要性を感じていないため、意図的に無視しているのです。同時にそれは、西半球はアメリカ、東半球は中国がそれぞれ支配するという時代の序曲なのかもしれません。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。