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山下達郎11年ぶりのアルバム収録曲が物語る“炭鉱のカナリア”の役割

山下達郎が11年ぶりにニューアルバムをリリースした。音楽プロデューサー・松尾潔氏はコメンテーターを務めるRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、アルバム収録曲の中で異色と言える「OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)」を取り上げ「炭鉱のカナリア」だと評した。どういう意味なのだろうか?  

グローバルよりローカルを信条に活動していた11年間

達郎さんは「RIDE ON TIME」に象徴されるように、夏の季語みたいな存在でありながら、「クリスマス・イブ」のイメージも強く、冬の季語でもある。これは世代によって違うんです。40代以上は夏のイメージ。それで売り出していた時期があるんです。ご本人は不本意だったらしいですけど。けど、その後、冬の定番ソングもリリースして、結果、一年中愛されるアーティストになりました。その達郎さんがアルバムを出しましたが、まず前作がいつだったかっていうことからお話します。

 

前作「Ray Of Hope」が出たのが2011年です。つまり11年ぶりなんです。昔僕が洋楽を聴き始めた頃、ロックグループのボストンが8年ぶりにアルバムを出したっていう話を聞いて「アメリカやイギリスといった英語圏だとマーケットが広いから、それぐらいのインターバルでアルバムを出しても音楽で生活が成り立つんだな」なんて妙な感心をしたものです。まさにその位置に達郎さんはいらっしゃるってことですね。

 

11年間アルバム出していなかったから、その間沈黙してたかというと、そうではありません。旺盛にライブ活動を展開していました。コンサートツアーでわりと小さな都市までくまなく回っている。一方でアリーナとか、ドーム球場とかでは絶対ライブはしません。だいたい2000人前後ぐらいの劇場を選んで、とにかく細かいところまで回りたいんだっていうような。グローバルよりローカルっていうことを信条にやっています。あと映画の主題歌などのタイアップでシングルも出していました。

日常を肯定する、生きていることを肯定するという大テーマ

今回のアルバムは通算14枚目。デビューして40年以上経って14枚っていうのは確かにゆったりとしたペースなんですが、それだけ充実作ともいえます。タイトルの「Softly」は本人曰く「昔はとんがっていたけれど、今はずいぶん人間的にまるくなった」っておっしゃっているんですが、それは謙遜とか洒落で、僕はやっぱり社会を見つめる眼差しがどんどん研ぎ澄まされてるなって思いますね。

 

僕は縁あってここ25年ぐらい近いところにいて、プライベートでもご一緒することが多いんですけど、ぶれない人ですよね。商業的なことだけ考えると、皆さんが喜ぶ曲だけを作り続けることも可能なはずなんですが、それ以上に「日常を肯定する、生きていることを肯定する」っていう大きなテーマがあるから、そこを全うするために音楽人としての自分を裏切らないっていうところが足元にあるみたいです。

鋭い感性で世の中を捉え、音楽で表現して異を唱える

今回もアルバムの中に1曲、異色とも言える作品があります。「OPPRESSION BLUES」。弾圧のブルースという、日本語タイトルをつけています。これを今のタイミングで聴くと、ウクライナの人たちのことを思ってしまうんです。これをアルバムに先駆けてご自身のラジオ番組で公開したのが3月。ウクライナのことが表面化したのは2月ですから、ずいぶん早いなと思ったんです。

 

実際にはウクライナことを歌ったわけではなく、ここ数年のミャンマーやシリアでの争い、立場の弱い人々のことに思いをはせながら、作っています。発表するタイミングで、ウクライナが侵攻されました。これは「ミュージシャンは炭鉱のカナリア的な機能がある」っていうことを証明したような事例だと思います。つまり炭鉱での危険を人間よりも早く察知するカナリアのように、一般の方々よりも鋭い感性で世の中を捉えている。そしてそれを音楽の形で表現して、異を唱える。それが今回のアルバムに収録されています。

 

でも「Softly」全体はハッピーなアルバムです。生きる喜びや恋愛のときめきが、全体のテーマになっています。でも、以前から達郎さんってこういう政治的あるいは社会的な曲を、アルバムの中に1つ2つ意図的に置いていて、今回特にそれ効いていますね。タイムリーでありながらタイムレスにずっと時代に残る、そんな音楽が詰まったアルバムなので、ぜひ「Softly」聴いていただければと思います。

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