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「記者追放」の波紋:中国における「報道の不自由」とジャーナリズムの現在地

飯田和郎

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東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、6月8日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演しました。アメリカを代表する新聞「ニューヨーク・タイムズ」の北京特派員が、中国当局によって国外退去処分を受けたニュースを題材に、中国における外国人記者の過酷な取材環境と、その背景にある「報道の不自由」についてコメントしました。

ニューヨーク・タイムズ記者の「国外退去処分」

アメリカを代表する新聞「ニューヨーク・タイムズ」の北京特派員が、中国当局によって国外退去処分を受けました。トランプ大統領と習近平主席による米中首脳会談が北京で行われたばかりですが、いったい何があったのでしょうか。

国外退去処分となったのは、ビビアン・ワン記者。シカゴで育った中国系のアメリカ人女性です。ニューヨーク・タイムズには2017年に入社し、2020年から2年間香港に駐在、その後北京に赴任して中国特派員を務めていました。

彼女は香港駐在時、新型コロナのパンデミックが起きた際、中国当局のコロナ対策の失敗を追及する取材チームの一員でした。このコロナに関する一連の報道は、100年以上の歴史を持つアメリカの権威あるピューリッツァー賞を受賞しています。このほかにも、ハイテクを駆使した中国の国家ぐるみの「監視社会」の実態についても報道してきました。

中国にとっては報道されたくないテーマばかりであり、当局から見ればワン記者は「目障りな存在」だったに違いありません。

追放の理由:「規則違反」と「台湾独立の主張」

6月1日の中国外務省の記者会見で、テレビ朝日の記者がワン記者の追放について質問しました。スポークスマンは次のように答えています。

「その記者は中国に駐在した間、偽って取材をしていた確たる記録があります。『常駐外国報道機関及び外国人記者の取材に関する規則』に違反しました。中国は法律に基づき、その記者の在留許可を取り消しました」

「常駐外国報道機関及び外国人記者の取材に関する規則」についてですが、私も新聞記者として北京に計7年間駐在しましたから、その遵守を命じられ、時にそれを破ってきた一人です。簡単に言えば、「中国政府が決めたルールの中で取材活動をしなさい。違反すれば罰します」ということです。

とはいえ、中国当局の宣伝部門が監督する国営メディアのニュースをオフィスで眺めているだけでは、また当局が許可する取材をするだけでは、中国の真の姿は見えてきません。だから多くの外国人記者は、さまざまな手段で「ニュースの現場」に接近しようとします。ワン記者が追いかけた新型コロナ対策の実態、民主化問題、宗教や人権問題、貧富の格差といったテーマがまさにそれです。

中国当局が定めたルールを逸脱すると、外国人記者を管理する中国外務省から呼び出され「厳重注意」を受けます(私も経験があります)。また、新疆ウイグル自治区やチベット自治区など政治的に敏感な地域に入ると、現地の公安当局の監視を受け、追い返されたり尋問を受けたりします。

しかし、今回の退去処分には別の理由もあるようです。中国外務省のスポークスマンは、先ほどの退去理由の説明の前に、真っ先にこう述べていました。

「ニューヨーク・タイムズは『台湾独立』に関する、台湾当局のでたらめの主張を広める場を提供しました。また台湾地区を公然と『国家』と表現しました。これは台湾独立勢力に重大な誤ったメッセージを送るものであり、中国は断固として反対します」

ニューヨーク・タイムズという「会社」への怒り

「台湾独立に関する主張を広める場を提供した」。つまり、ワン記者個人の活動とは別のところに、中国外務省のいら立ちがあったということです。

2025年12月、ニューヨーク・タイムズの本拠地ニューヨークで同社主催のイベントが開かれました。そこに台湾の頼清徳総統がビデオ・インタビューの形で登壇したのです。頼総統はその中で、中国の軍事的脅威にさらされる台湾の現状などについて、習近平政権に対しかなり刺激的な表現も用いながら語りました。

中国側は、ワン記者の日頃の取材活動や記事を快く思っていなかったのは確かでしょう。それに加え、ニューヨーク・タイムズ主催のイベントに台湾総統が出演したことが決定打となり、ワン記者の国外退去処分に踏み切ったと言えます。

これまでにもあった記者追放と、トランプ大統領の対抗措置

中国に駐在する外国人記者が国外退去を受けることは、過去にもありました。1960年代、中国が大混乱に陥った文化大革命の時、北京駐在の日本の新聞・通信・放送局の記者は、ごく一部を除いて退去が命じられました。「最高指導者(毛沢東)を新聞マンガで侮辱した」といった理由もありました。

近年でも「ウォールストリート・ジャーナル」や「ワシントン・ポスト」などアメリカ有力紙の特派員が締め出しを食らっています。とりわけ機密文書の入手やその試みなどに対し、中国当局は敏感に反応します。

アメリカメディアの記者が次々と国外退去になれば、トランプ大統領も黙ってはいません。自国のメディアと対立することも多いトランプ氏ですが、中国相手となれば話は別です。5月29日、対抗措置として中国の国営通信社「新華社」のアメリカ駐在記者のビザ(査証)を取り消しました。自身の北京訪問からわずか2週間後のことです。

想像してほしい、特派員たちの過酷な取材環境

ワン記者の所属するニューヨーク・タイムズの最高編集責任者は先日、このような声明を発表しました。

「ワン記者の追放は、世界第2位の経済大国・中国に関する正確で独立した、そして深く掘り下げた報道に、世界の読者が接する機会をさらに難しくするでしょう」 「ジャーナリストの活動環境の悪化を食い止め、米中関係において、情報の自由な流通を最優先事項とするよう、米中両国政府に強く求めます」

かつて私が北京に駐在した時も「報道の不自由」を感じ続けましたが、習近平体制下の現在、私がいた頃とは比較にならないほど外国メディアの取材環境は厳しさを増しています。

リスナーには、テレビやラジオ、新聞で中国発のニュースに接する時、特派員たちがそんな厳しい環境のもとで取材し、報道していることをぜひ想像していただきたいのです。今、私たちが自由に発言し報道できるこの民主主義は、決して「当たり前のこと」ではないのです。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。