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「なぜ統一教会と報じない?」メディア批判と安倍元首相の功罪

安倍元総理が銃撃を受け死亡する衝撃的なニュースの中で、参議院選挙が終わった。容疑者は、旧・統一教会への恨みを動機として挙げている、という。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、神戸金史(かんべ・かねぶみ)解説委員は、事件と在任中の功罪について語った。  

リベラル・保守派 それぞれの衝撃

先ほど局内で、RKBラジオ『Toi toi toi』のパーソナリティ・山口たかしさんと会って、「“旧統一教会”って、やっぱり放送で言えないんですか?」と聞かれたんです。「メディアが報道してないんじゃないか」と、ネット上でいろいろ出ている、と。

 

私も「報じるのが本来のジャーナリズムの役割でしょう。その役割を果たそうとする放送局や新聞社は、日本に1社もないのでしょうか?」と書いているのを見て、「え?」と思いました。この方は、リベラルな考えを持ってらっしゃる有名な方。逆に、保守派の論客には「安倍さんを必要以上に追及していた左翼の空気が、こういう事件をもたらしたんだ」なんてことを言う方もいらっしゃいます。どちらも私はおかしいと思います。

 

今回の事件は、思想的な背景というよりも宗教トラブルが背景にあるらしいということはだんだん分かってきた。ではなぜ、旧・統一教会と言えないのか。「容疑者が言っていること」は「警察から伝聞で聞いている」ことで、本当なのかどうか確証が持てません。もしかしたら、容疑者自身に別の動機があるのに隠している可能性もあるわけです。

 

一般的に事件ではいろいろな供述があります。「はっきりわからないままでは報道できない」というのが、出さなかった理由です。だから、「1社もないのか」と言われたら「そうです、みんなまともだから、出さないんですよ」というのが答えになります。

 

だけど昨日(11日)、旧・統一教会=世界平和統一家庭連合が会見をしました。なぜ会見したか?ずっと取材攻勢にあって、説明せざるを得なくなったわけです。その中で、母親が会員であるということを認めた。だからもう、事実としてはっきりしましたから、書けます。今日の朝刊にはいっぱい出ています。「書けないんじゃないか」という憶測が勝手に歩いてしまっている。それも、この凄惨な事件がもたらした心理的なショックの反映なのかもしれません。もうちょっと冷静になった方がいいんじゃないかと思います。

安倍元首相の功罪を振り返る

安倍さんが好きか嫌いか、賛成しているか反対しているかではなく、まずは追悼の気持ちを持たないことにはスタートできないと思います。私も本当にそういう気持ちです。でも、それはそれとして、政治家であった安倍さんの功罪を考えることは非常に重要だと思います。

 

1日2日経ってからでもいいので、しっかり報じたり、一人ひとりが考えたりすることが大事かなと思います。その瞬間に「おかしい!」「それはこうじゃないか」と結論を簡単に導き出す方が危ないと思います。

 

私が考える安倍さんの「功」の面は、やはりデフレ脱却を目指して経済の方向性を変えたことです。いわゆる「アベノミクス」の成果は、中途で終わっていると私は思っていますが、今までのように続けていくだけでは危なかったかもしれません。

 

それから安保法制も、保守派の中には支持する人は多いですよね。反発もありますが、今までと違うことを打ち出していったということは意味があるでしょう。それから外交です。「インド太平洋」の概念を打ち出していったのは、明らかに安倍さんです。「圧力を強める中国にどう対峙していくのか」ということでの概念として大事だと思います。

 

一方で、プーチン大統領と27回も会談しながら、北方領土の返還の議論は完全に破綻しました。戦後70年、保守派がずっと悲願としていた北方四島の返還が、2島に限定された上に、議論が消滅しているという…ここだけ見ると最悪の結果をもたらしていると思います。

 

私自身は、アベノミクスの評価というのは、今後の判断かなと思っています。あの時代に必要だったものでも、時代が変わると、逆の効果をもたらす場合もあります。今の物価高の問題にも関係していると思うんです。

 

前回、安倍さんが自民党の総裁選に出た時、私は「安倍さんに当選してほしい」と思ったんです。それは、「アベノミクスはこのまま続けてはいけないのではないか」と、漠然と思っていたからです。自分が言い出した経済政策を「時間が経って一定の役割を終えた」と言って軟着陸させるのは、本人がした方がいいと思ったんです。他の人がやろうとすると「アベノミクスの否定か」と喧嘩になるかもしれない。安倍さんが当選したら、一番スムーズじゃないかと。

「日本史の年表に載る」

負の面もいっぱいあります。私は、霞が関の官僚たちのやりがいを安倍さんが奪ってしまったという気がしています。もちろん、「良い悪い」はその時期に求められるものがあり、自分たちの利益だけを考える「省益」で動いてしまっている官僚を許せない、と政治主導の動きが始まったわけではありますが、政治家が何年かに一度変わっていくことに比べて、省庁にいる人たちは国の骨格として長くいるわけですよね。ロングスパンで国益を考えていく風土がある。政治家は、変える力を持ちつつも、目の前には選挙もありますから、目立つことに左右されてしまうこともあります。

 

そういう意味では、戦後の経済成長を進めていく中で、官僚の力はすごく大きかったと思います。政治家の発言について、国会で「データはこうなっております」みたいな答弁をすることもありました。だが、そういうことが急激になくなってしまいました。政治主導が人事政治主導になり、文句を言ったらキャリアがなくなってしまうという中で、安倍さんたちを守ろうとすることでしか自分たちが生き延びる方法がなくなってしまっていた。「モリカケ」の時の高級官僚の国会答弁に明らかに現れていると思います。

 

安倍さんが言っていることが事実と違うことは、官僚の皆さん分かっていたはずです。118回のうそをついたと言われていますが、分かっていたのに守らざるを得ない。まさかの書類改ざんも起こしている。これは、霞が関の劣化にほかならない。長い第2次安倍政権の中で生まれてきたことじゃないか、と私は思っています。

 

6月20日に、キャリア官僚の合格者人数を人事院が発表したんですが、1873人のうち東大卒が217人でした。2015年度の459人から半減しています。もちろん他の大学の人が増えることはいいんですが「せっかく東大を出てキャリア官僚になっても、あのような答弁をさせられるのではかなわない」と考えた人がかなりいると推察するべきだろうと思います。

 

国の根幹の一つをなしてきた霞が関がかなり劣化し、若い人たちが向かわなくなっているのは、国の将来にとって非常に危険なことです。それが今進んでしまっている、これは第2次安倍政権の中で起きた強い傾向ではないかと思います。

 

安倍さんの存在自体が、戦後の歴史に大きな変化をもたらしました。亡くなり方だけではなく、その存在自身、よく私が使う言葉ですが「歴史の年表に載る」ような人だったと思います。お悔やみ申し上げるとともに、ここで大きく日本が変わっていく転換点になっていくであろうことを考えながら、追悼しつつ功罪を改めて考えていきたいと思います。

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