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党大会を前に高官への厳罰判決…習近平のしたたかな3期目入り戦略

10月16日から中国共産党の第20回党大会が始まる。5年に一度開かれる共産党大会は今後、中国の進む道を決める重要会議。なかでも習近平国家主席、共産党の職務では総書記の習近平氏が異例の3期目に入るかどうか――ここに注目が集まる。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。  

本来なら引退する年齢の習近平氏

北京では、関連の会議がすでに始まっている。共産党大会の会期は1週間程度。閉幕翌日に開く別の重要会議を経て、中国の新しい最高指導部の顔ぶれが判明する。

 

中国共産党には「最高指導部のメンバーが党大会の際に68歳以上なら引退する」という不文律がある。習近平氏は現在69歳。本来なら引退する年齢の習近平氏がルールを変えてまで、3期目に入るか、建国の父・毛沢東に並ぶ唯一無二の権力者になるか――。

警察組織ナンバー2に下された厳刑

そんな中、私が注目しているのは、ある裁判の判決だ。中国の政治の動き、今週末からの共産党大会とも大きく関係している。

 

その裁判の被告人は、中央政府の公安省次官だった孫力軍という人物だ。公安省とは、日本の警察庁に相当する。つまり警察組織ナンバー2の犯罪だ。裁判で認定されたのは主に収賄や職権乱用。判決によると、元次官が受け取った収賄額は、総額で6億4600万人民元、日本円にすると、で約132億円にのぼる。中国の新華社通信の記事を読むと、この元次官は2020年までの20年間、地位や職権を悪用し、さまざまな相手に便宜を図っては、見返りを得ていたという。

 

9月末に確定した判決は、執行猶予付きの死刑だった。執行猶予期間中の2年間に法を犯さなければ、終身刑に減刑される。ただ、それ以上の減刑や仮釈放はない。生涯、服役することになる。

 

実は、奇妙なテレビ番組が今年1月に放送された。中国国営の中央テレビが、高官による腐敗事件をテーマにした5回シリーズで、初回の放送は、この孫力軍・元次官の事件を取り上げた。その中で、ワイロを受け取る場面の紹介があった。元次官は、地方組織の共産党幹部と会うたび、魚の刺し身を盛り合わせた料理に、隠された形で巨額のアメリカドルを受け取っていた。まるで日本の時代劇ドラマの悪代官ようだ。テレビカメラの前で、元次官本人が懺悔するシーンもあった。日本ではありえない、中国ならではの番組といえる。

「ハエも、トラも一緒に叩け」

習近平氏は、汚職撲滅に力を入れてきた。習氏は2012年に最高指導者になると、すぐにこんな命令を発した。「ハエも、トラも一緒に叩け」。ハエは末端の党員や役人、トラは腐敗した大物幹部を指す。つまり、叩く相手の地位にかかわりなく、トラ退治、ハエ駆除=腐敗撲滅の闘いを進めるとの宣言だった。

 

中国では昨年1年間で大臣や地方政府のトップら36人を含むトラやハエ62万7000人が処罰された。紹介したテレビ番組や、汚職高官への厳罰は、政権が腐敗に厳しく向き合っているという姿勢を国民にアピールできる。また、共産党や政府の幹部に緊張感を与えることも可能だ。

 

2015年には、周永康という共産党政治局常務委員を務めた経歴を持つ大物が収賄などの罪で無期懲役となった。この政治局常務委員というのは、党員が9700万人いる共産党組織のピラミッドの最高位に位置する。現在7人いることから「チャイナ・セブン」と呼ばれる常務委員の経験者は、立件されないという不文律があったが、これが破られた。

 

習近平氏が自分と同じ「チャイナ・セブン」の1人を摘発するのは、「不正をただす」だけではなく、政治的狙い、権力闘争の一つにも思える。

 

今年9月は、孫力軍だけではなく、中央や地方の公安部門幹部、国家安全省幹部に対し、汚職の罪で執行猶予付きの死刑ほか、長期間の懲役刑の判決が次々と出された。党籍はく奪という重い処分もあった。公安大臣経験者も含まれている。

ターゲットは「共産党中央政法委員会」

日本やアメリカと違って、中国は共産党の一党独裁体制。だから、叩くターゲットを決めれば、一気に摘発が進む。

 

共産党が中国の全てを統治し、行政も指導・監督するシステムだ。公安省が日本の警察庁と違うのは、公安省のさらに上に、共産党の組織が存在すること。公安省や司法省、さらにスパイ容疑を摘発する国家安全省も党の管理下にある。これらの部門すべてを統括するのが、共産党中央政法委員会というセクションだ。

 

実は、先ほど紹介した周永康受刑者は失脚する前、この党中央政法委員会を掌握する存在だった。9月の判決、つまりトラ退治を目的にした一連の裁判は、周永康追い落としに端を発した事件とつながっている。党大会を前に、絶大な権限を持つ共産党中央政法委員会を、完全に手中に収めようと習近平氏の執念を感じる。

 

共産党中央政法委員会のトップ、つまり書記のポストは公安大臣、司法大臣、国家安全大臣、さらに日本でいうと、検事総長や最高裁長官よりも格上。捜査の行方や判決内容にも影響を及ぼす力を持つ。

 

習近平氏は最高指導者になって以来、地方勤務時代を含めた腹心たちを共産党や政府の要所に配置してきたが、共産党中央政法委員会はまだ完全掌握に至っていない。ここを握れば、たとえば党の要人の動静、さらにスキャンダルなど弱点だって把握できる。自身が3期目に入るにあたり、中央政法委員会の扱いを最も重視しているはずだ。

「政治グループ」に対する見せしめ

冒頭に紹介した元公安次官、孫力軍に、執行猶予付きの死刑判決が出たのが9月23日。翌24日の共産党機関紙「人民日報」には、紙面を大きく取って、事件に対する論評が掲載されている。冒頭にこんな指摘があった。

「反腐敗を成し遂げなければ、共産党による共産党の管理は、一時たりとも気を抜くことはできない。法に基づいて孫力軍ら政治グループを罰したことは、腐敗撲滅に対する共産党の揺るぎない決意と頑強な意志を完全に示している」
「政治グループ」とあるとおり、今回処罰された者たちは“皆つながっている”と認定されている。この「グループ」のニュアンスだが、中国語ではどちらかというと「一味」「ギャング」のような意味合いを持つ。つまり「習近平氏のやり方に従わない、政治的な野心を持って私腹を肥やした一団」と烙印を押されたわけだ。
 
表向きには腐敗や規律違反が理由にされているが、実は政治的な粛清だろう。腐敗撲滅を期待する世論も味方につけながら、共産党大会の前にした「見せしめ」を進めている。

 

中国ではこの1年あまり、共産党の幹部、党員に対し習近平氏への忠誠が強調されてきた。その総仕上げとして見える形で示したのが、今回の政治的粛清といえる。巨額の国防予算を投じてきた人民解放軍はすでに習近平氏の手中にある。残るは、公安、情報部門を柱にした共産党中央政法委員会を握り、そのトップに自分に近い人物を起用することは、権力維持に欠かせない。

すべては3期目入りのための事前準備?

その観点から見ても、引退の不文律だった年齢=68歳を過ぎても、習近平氏が3期目入りはすでに決まっているのだろう。共産党大会を前にこのところ、中国のテレビや新聞は、習近平氏の功績を礼讃する報道一色だ。

 

一方で、習近平氏が軍に加え、公安、それに情報機関を握ったあと、巨大な中国がどのような道を歩んでいくか。早くもそちらの方も気になってきた。

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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