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「大学が壊れてしまった」衝撃的な現実を伝えるルポルタージュ

「ちくま新書『ルポ大学崩壊』を読むと、いまの大学が、私たちが通っていた頃の大学とは大きく様変わりしていることがよく分かる――。」RKB毎日放送の神戸金史解説委員が著者・田中圭太郎さんのインタビューも交えながら、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した新書の衝撃的な中身とは?    

「パワハラで退職強要」訴えられたのは学校法人

「パワハラは問題だ」ととられる時代になっていると思うんですが、耳を疑うような事例が起きていることを知りました。

「あなたという存在は3月末で、失礼ながら、もう要らないんですと言われているわけですよ」

「あなたにはもうチャンスはやらない」

「自分の職業人生の将来そのものに関して駄目出しをされたんですよ」
ある研修で5日間、「私の自己改革テーマ」を1人ずつ発表させました。それに対して、コンサルタントがフィードバックした言葉です。そこには人事課の職員が常に同席していたというのです。18人が受講して、9人が心療内科にかかり、うつ病や神経不安症と診断されました。この体験者は、「長時間にわたって、参加者全員に人格否定の言葉が浴びせられるのを聞くのも辛かった。はっきり言って、あれは拷問です」と述べています。

 

実はこれ、大学を運営する関西にある学校法人が2016年に職員に対して行った研修です。退職させたいということははっきりしていたようです。追い込んで人件費を削減したかったのかどうかわかりませんが、元職員3人は損害賠償を求めて提訴、裁判が続いています。

 

行政による判断はもう出ました。うつ病になったのは、学院常務らによる面談や、研修の場で執ような退職勧奨が行われたことが原因だ、として労災認定をされています。総務室長が「講師に全委任をしている」と発言したことや、研修に人事課の職員が同席していたことから、コンサルタントの発言は、委託した学院の意向に沿ったものだと判断され、3人それぞれ労災が認められています。コンサルタントとは「1人クビにすれば100万円」という契約だったという話が出ています。

旧知のジャーナリストが取材したルポルタージュ

この話は、フリージャーナリストの田中圭太郎さんが取材して書いた「ルポ大学崩壊」(ちくま新書、税別900円)に出ていました。田中さんは以前、大分放送(OBS)で報道記者をしていて、番組の制作などで私もすごく親しくしていた、極めて誠実な記者です。2016年にフリーランスとして独立し、大学問題を一つのテーマとして選んで取材をしてきていて、雑誌やWebメディアなどで100本近くこういった記事を書いています。「にわかには信じられないようなトラブルが起きている大学が存在する」と言っています。

神戸:今回の本は、田中さんのジャーナリスト人生にとって、大きいんじゃないですか?

 

田中:そうですね、結構これはいろんなものを詰め込んでますんで。出版からまだ10日ぐらいですけど、反響も結構ありますね。

 

神戸:衝撃的な文章が書いてありました。「今、一部の人間による大学の『独裁化』と『私物化』が進んでいる」、と断言されていました。

 

田中:国立大学でも、私立大学でもそういう大学があります。

 

神戸:「大学が壊れてしまった」、と。

 

田中:はい。
田中圭太郎さん

「大学が壊れてしまった」 これから迎える“2023年問題”

「大学が壊れてしまった」というのが、この本のテーマです。パワハラだけではなく、雇用の崩壊という現象も起こっています。

 

「2つの2018年問題」という話があります。2013年に労働契約法が改正されて、有期契約で働く労働者が5年以上勤務した場合に、無期雇用への転換が図られました。これは労働者の立場を守るためのものですが、その5年後、2018年に非常勤講師や職員の「大量雇い止め」をする大学が現れました。

 

もうひとつの「2018年問題」は、18歳人口が2018年から減少に転じたということです。学生が減り、そして大量雇い止めが起きたのが「2018年問題」。実は、科学技術などに関する有機雇用の研究者は10年で無期雇用転換権を得られるという特例があったんだそうです。10年経つのは、2023年の春。まもなくもう一度、大量の雇い止めが、大学や国立研究開発法人の中で起こる可能性が高いのです。

 

先日もNHKニュースが、理化学研究所の雇い止めの可能性について大きく報道していました。大変なことが起きているんだと、この本を読むとわかってきました。

法改正で進む学長の「独裁化」

  天下りの急増など、さまざまな問題が今、大学で起きています。新書「ルポ大学崩壊」は、大学論ではなく、実際にこの10年間ぐらいで、大学で何が起こっているかを取材したルポルタージュです。採り上げられているのは、東京大学から慶応義塾大、早稲田大など大きなところもあるし、追手門学院大学、山梨学院大学、私達の近くだと福岡教育大学や下関市立大学など、26の大学についてのルポルタージュになっています。信じられないような問題がなぜこんなに起きてきているのか。それには2回の大きな法律改正があった、と田中さんは書いています。

 

一つは2004年。「国立大学の法人化」です。国立大学法人になったことで、国からの運営交付金が削減されていき、人件費削減、非常勤教職員の増加が顕著になってきました。大学の学長の選挙では、教職員による選挙が廃止されて、今は“意向投票”という形で投票はできるものの、最終的に学外の委員も入った「学長選考会議」が決定する仕組みに変わったんだそうです。

 

2004年の大きな変化では、「私立学校法の改正」もありました。学問のトップである学長や総長と、経営の長である理事長は、多くの大学で対等だったんですが、理事長を学校法人のトップに位置づけたという変化があったんです。

 

もう一つは10年後の2014年、「学校教育法の改正」で、教授会は学長の諮問機関に格下げされました。この法改正後も、教授会の意向を尊重した運営を続けている大学も多いんですが、国立大学の中には学長が開き直って独裁化した大学もあるそうです。びっくりしますね。私立大学の場合は、私物化を進める理事長が学長も兼務したり、時に労働法制などを無視した運営をしたりする大学も出てきています。

 

それから同じ2014年に「国立大学法人法」が改正されて、学長の選考方法についても「学長選考会議」が決められるようになりました。これで、学長の任期を撤廃した大学でまで出てきたそうです。“意向投票”自体を廃止する大学も出てきて、いよいよ独裁化が進む流れになってきているんだそうです。

「国に歯向かう人」は解任する流れに


田中:日本学術会議が、防衛装備庁のいわゆる軍事研究の予算に対して懸念を表明した後、結局ほとんどの大学は手を挙げなかったんです。手を挙げた大学は、大分大学だったり、筑波大学だったり、トップがもう人の意見も聞かない、独裁で決めてしまう大学が、いち早く乗ってしまったと。

 

田中:実は北海道大学の前総長が今、国と北海道大学を訴えて裁判しているんです。旧帝大で唯一、北海道大学だけが予算を取って採択されたんですけど、名和(豊春)さんが総長になって、日本学術会議の意見を尊重して、防衛装備庁予算を要らないと返した。

 

田中:それだけではなくて、名和さんは加計学園の獣医学部の新設にも、北海道大学として大反対だということで論陣を張ったりされていたら、ある日突然、地元の経済誌にパワハラだとか書かれた。学内の教授陣が何にも分からないところで、「学長選考会議」がパワハラで解任しようとする事態が起きた。実際、萩生田(光一)文科大臣の時に解任されたんですが、「ハラスメントは全くの事実無根である」と、今裁判をしています。

 

田中:独裁化が進む一方で、国の言うことを聞かないと思われる人にはこういうことが起きてしまうこと、なかなか知られていないと思っていました。今は国が『独裁をする人』を守り、『国に歯向かう人』は解任するということが、実際に起きている。
法律改正とか、日本学術会議の問題とか、一つ一つのニュースを見ているとよくわかりません。しかし、北海道大学の学長解任という、旧帝大の総長を巡って裁判で争われているのは異常なことだと言えます。

国の関与が制度的に強められている

そして、2021年に「国立大学法人法」がもう一回改正され、「学長選考・監察会議」と名称を変えて、権限が強化されました。文部科学大臣が任命する監事の役割が拡大され、国が監事を通して大学を間接支配することが可能になった、というのです。

神戸:政権の意向に沿わない大学トップは、解任ができる状態になっているということですね?

 

田中:そうです。実はこの北海道大学の総長の件があった後に、2021年に国立大学法人法を改正しているんです。「学長選考会議」を「学長選考・監察会議」という新しい名前にしまして、国=文部科学大臣が指名した監事が、総長に問題があったら会議にかけることができる、要は『国が間接支配できるようなシステム』を、北海道大学の問題が起きた後に作ってしまった。

 

神戸:もう制度となったたわけですね?

 

田中:そういう制度が、2021年にできました。
一つの方向性で学問を進めていく、研究成果を上げていくという意味で、トップダウンが必要なのかもしれません。一方で、戦争の体験があります。学術機関が戦争に協力をしてしまって、多くの人を亡くし、国が滅びる結果を招いた、という痛切な反省から「学問の自由」を戦後の大学はとても大事にしてきました。それが多分、ほとんど根底から覆されたんじゃないかなという印象を持ちました。

「国際卓越研究大学」になるとどうなるか

そして、これからのことなんですが、「国際卓越研究大学」という制度です。

田中:実は2022年には「国際卓越研究大学」という制度ができ、いま公募が行われているんです。政府が作った10兆円のファンドの運用益を、5~6個ぐらいの大学に分配する。10兆円が3%で運用されれば3000億円ですから。『欲しいところは手を挙げなさい』と。

 

田中:ただしこの「国際卓越研究大学」になると、簡単に言うと、大学の運営も政府が見られるようになっちゃうんですね。政府と財界が中心となって、使い道をちゃんと見る。さらに、今はシステムとして経営評議会だったり、大学には会議体があるんですけども、最高意思決定機関を新たに作って、その半分以上が学外の人。例えば、東大、京大、九州大学がもし国際卓越研究大学になると、もう大学の全てのことが学外の人や政府に握られると。

 

神戸:はー。ほぼ「大学の自治」というのものが失われているという感じもしますね。
「国際卓越研究大学」とニュースで時々目にはしていましたけれども、最高意思決定機関が新たに作られて、半分以上の方が外部の人になり、ほとんど学外の人や政府に決定権を握られるのではないか、と田中さんは危惧しているわけです。5~6大学に3000億円くらいを分配するということですから、トップクラスの大学が全てそうなっていく流れができているんだと思いました。

 

大変驚くような中身満載のルポルタージュでした。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。
 

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