イラン戦争は6月の停戦合意が崩壊してエネルギー価格がまた上昇し、止まらない円安傾向と相まって、物価高が私たちの暮らしにも大きな影を落としています。それもこれも、元をたどればトランプ大統領の決断が発端で、追加関税もそうですが、今や世界経済はこの人に振り回されています。7月24日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎さんがトランプ大統領の「なぜ?」についてコメントしました。
イラン攻撃の背景と「核合意」破棄の歴史
2月28日にイスラエルとアメリカが空爆など一斉攻撃に踏み切り、最高指導者のハメネイ氏や多くの政府高官を殺害して始まったイラン戦争。その後の経緯は皆さんご存じのとおりですが、はっきり言って大迷惑ですよね。
日本で言うと、ガソリンや電気・ガス代などが上がって、政府は3月からガソリン代、7月から電気・ガス代の補助・支援を始めましたが、その総額は何と1兆5000億円。これ、家計が厳しい大学生に支給される返済不要の「給付型奨学金」の、ほぼ10年分です。たった半年で。若い人ももっと怒った方がいいです、この戦争に。
なんでこんなことになっているのか? あらためて振り返りました。すると発端は15年前の、ある晩餐会までさかのぼりました。
…その話の前に、まずは直近の事情から。トランプ氏は開戦の理由の第一に「差し迫った脅威の排除」=イランが核兵器と長距離ミサイルの開発を進めていて、これが「近いうちにアメリカ本土を射程に入れる」と主張しました。
が、それは表向きで、背景には二つの活動があったとされます。一つは「昨年末以降、イラン当局が反政府デモを弾圧し、民衆の不満が広がっていた」こと。もう一つは、盟友とも言われるイスラエルのネタニヤフ首領らが「この機に乗じてイランに打撃を与えれば、政権は転覆して親米政権を樹立できる」などと伝えたこと。
いずれも背景には、モサドやCIAなどの諜報や工作活動があったとされます。折しもCIAの情報支援でベネズエラでの大統領拘束に成功し、自信を深めていたトランプ大統領は、イランもチャンスだと見た、というのがアメリカメディアの分析です。
一方、イランはなぜ核開発を加速したのか。この背景には1期目のトランプ政権が「イラン核合意」を破棄したことがあります。イラン核合意とは、当時のオバマ大統領が主導して、アメリカ、ロシアなど国連常任理事国プラスドイツの6か国とイランとの間で結ばれ、イランの核開発を制限し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れる代わりに、経済制裁を解除するという合意でした。2015年のことです。
しかし、オバマ氏の次の大統領となったトランプ氏はこれを「史上最悪の合意の一つ」だとして、離脱します。制裁解除がミサイルの拡充などイランの軍拡を進めた、との理由ですが、結果としてイランは濃縮ウランの生産を再開しました。つまり、トランプ大統領は自らが1期目に行った合意離脱でイランの核の脅威を高め、2期目で軍事的解決に突き進んだ――自らまいた種だ、という見方もされます。
ただ、トランプ氏は「オバマ核合意がイランの核武装を許した。核兵器使用を阻止するためには軍事攻撃が必要だった」と訴え、停戦後の交渉で目指す合意は「オバマ政権の合意より、はるかに良い内容になる」と主張しています。
トランプ氏が自分の成果を強調するために、比較対象としてオバマ政権をこき下ろす例は枚挙にいとまなく、例えば医療保険制度改革法(通称オバマケア)は「災害」だとまで言って撤廃を推進していますし、外交政策は「弱腰」、テロ組織の台頭は「オバマの責任」と評するなど、「無能で最悪の大統領」とまで攻撃しています。
トランプ氏の「オバマへの私怨」と15年前の晩餐会
ではなぜ、トランプ氏はこれほどまでにオバマ氏を敵視するのか。お待たせしました(笑)、そのヒントが15年前の出来事です。
当時トランプ氏は、「オバマ大統領はケニア生まれで、出生地がアメリカでなければ大統領になれないという憲法の規定に違反している」つまり大統領の資格がない、という「バーサー陰謀論」を繰り返し唱えていました。
これに対しホワイトハウスは、晩餐会の数日前、オバマ氏の出生証明書を詳細に公開し、ハワイ州ホノルル生まれであることを証明します。オバマ氏は晩餐会のスピーチで「これでこの問題は終わり。ドナルドはようやくもっと重要な問題に集中できる」と述べ、その重要問題として、当時トランプ氏が出演していたテレビ番組内のもめ事などを例に挙げてからかい、会場から大きな笑いを取りました。晩さん会にはトランプ氏も出席していましたが、それまで上機嫌だったのが一変、オバマ氏のスピーチが始まるとうつむき、怒りに満ちた表情になった、と報じられています。
オバマ氏はこの5年後、大統領退任前のホワイトハウス記者協会晩餐会でもトランプ氏をジョークの対象にしましたが、既に共和党の大統領候補となっていたトランプ氏は晩餐会を欠席してペンシルベニア州で選挙集会を開き、「すごく退屈な夕食会から遠く離れて、これほど嬉しいことはない」と、語っていたといいます。
もちろん、この一事だけでトランプ氏がオバマ氏を恨み、イラン核合意が破棄され、今につながった、などと言うつもりは毛頭ありません。ただ、トランプ氏がアメリカ史上初のアフリカ系大統領となったオバマ氏を嫌い、そのオバマ氏に2度にわたって晩餐会でからかわれ、笑われたのは事実です。
一方、今でこそ関係に亀裂が入ったとも言われていますが、イスラエルのネタニヤフ首相とトランプ氏は長年、互いに「盟友」と呼び合っていたのも事実。つまり政治とは、小は地方議会から、大は国際紛争まで、背景には人間関係があるということを、私は改めて感じた、ということです。自民党の総裁選や、野党の離合集散を振り返っても、そうですよね。
ちなみに、先ほど言った「バーサー陰謀論」=オバマ氏はアメリカ生まれではないという偽情報を最初に広めたのは、2008年の大統領選で民主党の候補者指名レースをオバマ氏と激しく争ったヒラリー・クリントン氏の“勝手連”的な支持者だったといわれます。トランプ氏は後に、その陰謀論に乗っかっただけとも言え、2016年の大統領選では、そのヒラリー氏がトランプ氏に敗れて大統領への道を断たれるわけですから、歴史は皮肉です。
そうして大統領となったトランプ氏は1期目にイラン核合意だけでなく、「地球温暖化は史上最大の詐欺だ」と、温室効果ガスの排出規制などを定めた「パリ協定」から離脱したほか、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や中距離核戦力全廃条約、さらに国連機関ではユネスコや人権理事会から離脱し、パレスチナ難民救済事業への資金拠出も停止。
一部はバイデン政権で復活するものの、2期目には、世界保健機関(WHO)からも離脱し、海外援助全般を縮小するなど、「アメリカファースト」の名のもと、民主党政権時の外交政策を転換し続けているのは、皆さんご存じのとおりです。
「エリートへの怒り」がトランプ氏を支える構造
ということで、最後は逆説的に、なぜ民主党は近年、大統領選や連邦議会選挙で苦戦・敗北するのか、アメリカメディアの論評などを調べました。浮かび上がったワードは「エスタブリッシュメント」でした。
20世紀の民主党は、労働組合や移民、農民、都市労働者などが主な支持基盤で、大企業や富裕層に対する「庶民の党」でした。ところが近年は、ニューヨークやロサンゼルスなど都市部の高学歴層や大企業、専門職、官僚、メディア産業などとの親和性が高くなり、地方や衰退した工業地帯などの人々からは「既得権益を守るエリート側」「庶民の痛みがわからない」「見下している」と見られるようになり、ジェンダーフリーや環境重視、移民の人権や国際協調などのリベラルな主張は「生活に困らない、意識高い系の説教」と映って離反が起きた、といわれます。
そうした不満や政治不信の受け皿になったのがトランプ氏で、ワシントンの政治家を「腐敗した支配層」、官僚組織を「ディープステイト(政策を陰で操るエリート集団)」、主流メディアを「偏向したフェイクニュース」「既得権側の手先」などと呼び、実は自らも裕福な実業家なのに、その対決姿勢から「支配層に立ち向かう側」というイメージを獲得したと、米メディアは分析しています。
ただ、この「反リベラル」と言われる潮流は、アメリカだけでなく世界的な現象です。グローバリズムより自国の産業や伝統・文化の尊重▽難民・移民への寛容さより自国の労働者保護――といった流れは、どの先進国でもありますよね。背景には経済のグローバル化が招いた「格差の拡大」があります。
日本で言うと、東京の分譲マンションは平均1億円を超え、普通のサラリーマンでは手が届かなくなる一方、タワマンは海外の富裕層に買われ、高級ホテルやブランドショップは外国人だらけ。その東京も、地方から見れば一極集中の“ひとり勝ち”――という状況に「お題目はいいから、これを何とかしろよ」という怒りや不満が膨らむのは、アメリカと同じだと思います。
ただ、それがイコール社会の保守化かというと、皇室典範改正での女性天皇容認論や、選択的夫婦別姓の賛成意見が、いずれも世論調査で多数を占めることなどから、違う気がします。
そう考えると、いま政治が問われているのは、イデオロギーでなく、中間層の収入アップや負担軽減による「格差の是正」と、そのための政策実現。ここに有効な「解」を示せるのか、批判よりまずはそこからだと、アメリカの混乱は教えている気がします。普通の生活実感に根差すこと。それは「既得権側」だと見られている私たちオールドメディアも問われていると自戒して、今日は閉じます。
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この記事を書いたひと

潟永秀一郎
1961年生まれ。85年に毎日新聞入社。北九州や福岡など福岡県内での記者経験が長く、生活報道部(東京)、長崎支局長などを経てサンデー毎日編集長。取材は事件や災害から、暮らし、芸能など幅広く、テレビ出演多数。毎日新聞の公式キャラクター「なるほドリ」の命名者。





















