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「香港の自治は5月8日に死ぬ」1国2制度が消える日

RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、東アジア情勢に詳しい飯田和郎・元RKB解説委員長が出演。香港政府のトップ・行政長官の選挙について解説し「香港の自治は5月8日に死ぬ」と発言した。その真意は?  

愛国者だけしか立候補できない仕組み

5月8日、香港政府のトップ・行政長官の選挙が行われる。北京の中国当局が推す強硬派の李家超(り・かちょう)氏=英語名でジョン・リー氏以外に立候補がいない。いや、立候補できない。ジョン・リー氏の行政長官就任が事実上、決まっている。

昨年3月、中国当局は選挙制度を改悪した。香港政府に忠誠を誓う、いわゆる「愛国者」だけしか、香港の選挙に出馬できないようにした。その選挙制度のもとで、昨年12月に、立法会(=香港の議会)の選挙が行われた。結果は全90議席のうち、中間派は1議席のみ、そのほかの89議席が親中国派。中国政府に批判的な民主派の当選者はゼロだったどころか立候補もできなかった。それに先立つ9月には選挙委員選挙もあった。選挙委員というのは、行政長官を選ぶ選挙の投票権を持つ。選挙委員選挙の結果も定数1500のうち、親中国派は1447、民主派はゼロ。そして、唯一の行政長官候補である、ジョン・リー氏は、1447人の親中国派の選挙委員の過半数を上回る推薦をすでに集めている。行政長官選挙は、選挙委員による間接選挙なので、当選が決まっているようなものだ。

「香港政府に忠誠を誓う愛国者だけしか、香港の選挙に出馬できない仕組み」とは、北京の方針を受け、民主派を排除した制度。具体的には、候補者の資格を審査する委員会が新たにつくられた。反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(いわゆる国安法)という法律の規定のもと、事前審査があるわけだ。中国共産党の統治下の体制を認めた「愛国者」でないと立候補が取り消される仕組み。だから、北京や香港政府に忠誠を誓う「愛国者」だけしか立候補できない、というわけだ。

「忠実な愛国者」ジョン・リー氏とは?

香港の行政長官の任期は5年。1997年7月の香港返還以降、著名な企業経営者や官僚が香港のトップを務めてきた。つまり香港にふさわしくビジネス面で手腕を発揮した人や、行政経験の長いエリート官僚出身者たちだ。しかし、ジョン・リー氏は経歴がまったく違う。香港で高校卒業後、警察官になった。現場経験が長く、今から5年前に香港の治安機関のトップに抜てきされた。

2019年~2020年にかけ、香港で大規模な反政府デモが繰り返され、日本でも報道されていたのは記憶にあるだろう。催涙弾を使うなど、デモ参加者を徹底的に取り締まった。民主活動家が逮捕されたり、中国共産党に批判的だった新聞を廃止に追い込まれたりしたが、それを主導したのが、治安機関トップだったジョン・リー氏。その直後に北京の覚えがめでたいジョン・リー氏は、香港政府のナンバー2に昇進した。中国共産党のいう「強い忠誠心を持つ愛国者」だ。

警察、特に公安部門を歩いてきた彼は、一般的な行政や経済の経験・知識に乏しい。習近平国家主席の考え方は「香港の運営は、北京が直接やる。ジョン・リー氏は不穏な動きを取り締まればいい。なにより必要なのは、北京への忠誠心だ」ということなのだろう。

約束の50年間の半分で1国2制度が完全破綻

イギリスから香港が返還されたのが1997年。その際に制定された「香港基本法」では、香港には向こう50年間、高度な自治権を与える「1国2制度」を中国も約束したはずだ。

今年7月で、返還から25年だが、1国2制度は50年間という約束の半分で、完全破綻する。香港の若い民主活動家らは刑務所の中、または海外へ逃亡した。または香港で市民生活を送っているかつての活動家は完全に口を閉ざしてしまった。

香港国家安全維持法(国安法)という法律は、香港市民だけではなく「外国人が香港以外の場所で行った行為」も処罰の対象としている。香港で活動する外国人ビジネスマンや外国人記者だけではなく、たとえば、日本においても「香港の利益を損なう」と判断されれば、処罰される可能性もある。
5月8日に実施される香港行政長官選挙で、中国共産党への忠誠心に篤いジョン・リー氏の当選が決まる。香港に対し、北京が全面的に支配するシステムがこれで完成する。「香港の自治は、5月8日に死ぬ」と言ったのは、そういうことなのだ。

 

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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