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「中国のゴルバチョフ」朱鎔基元首相が遺したリーダー像と言葉の力

飯田和郎

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東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、8月17日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演。8月12日に死去した中国の朱鎔基元首相の足跡と、彼が示した真のリーダー像についてコメントしました。

「中国のゴルバチョフ」と呼ばれた鉄腕宰相

中国の朱鎔基元首相が8月12日、97歳で亡くなりました。彼が首相を務めたのは1998年から2003年までの5年間、江沢民主席の時代です。私が新聞社の北京特派員として中国に滞在していた時期の首相であり、その日々の活動や判断、政策を間近で追いかけていました。

退任してから23年が経過した今、なぜ私が彼を今回のテーマに選んだのか。それは個人的な思い出を語るためではなく、「リーダー像」というものを考えてみたいからです。これは「中国の首相」という枠にとどまらず、どの国であれ、あるいは国家に限らず、あらゆる組織の牽引役として共通する大切な要素を彼が持っていたと思うからです。

中国の首相というと、トップである国家主席を補佐し実務を担うというイメージが強いかもしれません。日本でよく知られているのは初代首相の周恩来氏ですが、歴代首相の中でその周恩来氏と共に、今も中国国民の思慕を深く集めているのが朱鎔基氏ではないでしょうか。その理由は、彼の圧倒的な実行力と清廉さにあります。

朱鎔基氏を表す言葉でよく知られるのが「中国のゴルバチョフ」です。ペレストロイカを推進した旧ソ連のゴルバチョフ書記長になぞらえ、改革のリーダーとして称賛されました。その辣腕ぶりから「鉄腕宰相」とも呼ばれ、彼を抜擢した当時の最高指導者・鄧小平氏は、朱氏を「経済がわかる男」と表現しました。

容貌は吊り上がった眉に鋭い眼光があり、仕事への並々ならぬ厳しさが感じ取れます。しかし、厳しさだけでなくユーモアも持ち合わせており、本人はその迫力のある顔について「ずいぶん損をしてきた」と言ってのけたこともありました。

「万丈の深淵」へ向かう覚悟と三つのノー

2011年に中国で出版された『朱鎔基講話実録』という書籍があります。在職中に彼が発した言葉を集めたものですが、そこからいくつか拾ってみましょう。まずは1998年3月、首相に選出され、内外の記者たちを前にした就任会見での言葉です。

「たとえ、行く手に地雷原があろうとも、万丈の深淵があろうとも、私は勇往邁進し、ためらうことなく、全力を尽くして死ぬまで働く」

「万丈の深淵」とは、底なしの非常に深い淵、つまり抜け出しがたい極めて危険な状況を指します。地雷が埋まっているかもしれない場所へ、脇目を振らず果敢に突き進んでいくという強い決意表明です。当時、中国は「国有企業」「金融システム」「行政機構」という三つの大きな病巣を抱えていました。この三大改革を断行し、はびこる抵抗勢力や腐敗を排除するということを、国民に力強く約束した瞬間でした。

部下や組織に清廉さやクリーンさを求めるためには、まずリーダー自らが実践しなければなりません。朱鎔基氏は首相になる前から、自身に「三つの約束」を課していました。

「揮ごうしない」「テープカットなどの式典に参加しない」「贈り物を受け取らない」

いわば「三つのノー」です。「揮ごう」とは、政治家や著名人が施設の完成に合わせて名称や自分の名前をサインし、それが看板になることです。揮ごうや落成式のテープカットに出席すれば権威付けに利用され、そこには金品のやり取り、ひいては賄賂が発生します。だからこそ「ノー」だったのです。彼は「タバコ1本、酒1瓶も絶対に受け取らない」とも断言していました。

こんな逸話もあります。朱氏が地方へ視察に行った際、食事の時間になると、地方の役人がテーブルに豪華な料理をいくつも並べてもてなそうとしました。そこは決して豊かな地域ではありません。朱鎔基氏はどうしたか。豪華な料理には一切手を付けず、茶碗1杯のコメだけを食べ終えると、無言のまま席を立ったそうです。彼はこうも語っています。

「勤勉でも、清廉でもない。タダで飲み食いしては勝手に指示を出し、コネで人を採用する…。国家の財産を顧みもしない者が、役職柄、報告をしているだけなら、部下たちが陰で罵るのは当然だろう」

贅沢を排し、自らを律する。そんなリーダーがいればこそ、部下はついていこうと思うものです。中国の庶民が彼に喝采を送ったのも頷けます。

100基の棺桶と、WTO加盟への陣頭指揮

朱鎔基氏が首相になった当時、アジア金融危機の影響で中国経済は失速しかけており、それでもなお腐敗や不正がはびこる厳しい局面でした。そんな状況下での彼の言葉です。

「棺桶を100基、用意せよ。その中には私の分も入っている。せいぜい共倒れになるだけだ。だが、それによって国家の長期的な安定と発展、そして我々の任務に対する一般大衆の信頼を勝ち取るのだ」

これは、悪徳役人と刺し違える覚悟を示したものです。100人分の棺桶は、99人の腐敗役人を葬り、結果として自分も残り1人分の棺桶に入ることになってもやり遂げるという強烈な決意です。腐敗こそが国家を滅ぼすということを、身をもって強調したかったのでしょう。

リーダーの中には言葉を発し、その言葉に「自分だけが酔う」タイプもいます。朱氏主導の改革は、失業者の増加や貧富の格差拡大につながったとの指摘があるのも事実です。しかし、彼は2001年の中国のWTO(世界貿易機関)加盟で陣頭指揮を執りました。WTOに加われば政府に保護されてきた国有企業は打撃を受けかねないため、国内には大きな反発がありました。それでも彼が主導したWTO加入により、民営化路線と市場化路線が進み、海外から中国への投資を呼び込んで高度経済成長へとつながったのです。

権力集中が進む今の中国と、リーダーのあり方

朱鎔基氏が支えた江沢民時代、次の胡錦涛時代を経て、今は習近平主席の時代となりました。経済政策一つ取っても、当時の自由度は後退しているように感じられます。冒頭で、朱氏が首相就任会見で「死ぬまで働く」と宣言したと紹介しましたが、のちに彼はユーモアを交えながら、きっぱりとこう付け加えています。

「誤解しないでほしい。『死ぬまで働く』というのは、『いつまでも首相の座に居座る』という意味ではない。私は国民のために全力を尽くし、命のある限り、死ぬまで働くというだけのことだ」

今の中国では、みんなで決めたはずの任期を改定し、その座に居続けるリーダーが存在します。たった一人のトップに権力が集中し、朱鎔基氏のようにトップに続く人たちの肉声が聞こえてこない状況です。

リーダーの気構え、発する言葉、そして行動力。朱鎔基首相の時代は様々な難問もありましたが、北京特派員として取材していて「リーダーが何を語るか」に胸を躍らせた時代でもありました。中国の庶民は今、そんな朱鎔基氏を失い、深い悲しみの中にあります。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。