東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、8月24日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演。北京で開催された江沢民元国家主席の生誕100年記念大会から読み解く、中国政治の現在地と習近平指導部の真の狙いについて解説しました。
江沢民・朱鎔基時代と、中国要人の「長寿」
前回のこのコーナーでは「中国のゴルバチョフ」と呼ばれ、先ごろ他界した朱鎔基元首相を取り上げました。さまざまな改革を断行した朱鎔基氏が首相在任中に支えたトップが、江沢民元国家主席です。1990年代から2000年初頭にかけては、「江沢民-朱鎔基時代」と呼ばれる政府のトップとナンバー2の一時代がありました。
トップの江沢民氏は4年前の2022年に亡くなりましたが、生誕は1926年8月17日。100年を迎える今月17日、北京の人民大会堂で盛大な式典が開かれました。
江沢民氏は96歳、朱鎔基氏は97歳で死去しています。「改革・開放」の大号令をかけた鄧小平氏は1997年に92歳で、また今年3月に亡くなった元最高指導部メンバーの宋平氏にいたっては108歳の大往生でした。中国の要人には、長寿の人が多いのです。日中戦争や国民党との内戦を戦い抜いた強じんな精神力と体力が長生きに導いたのか、それとも、過酷な権力闘争をくぐり抜けてきた執念がそうさせたのでしょうか。
中国要人には超先進的な医療が施されている事実もあります。昨年9月、北京で習近平主席が傍らのロシア・プーチン大統領に「今世紀中に人間は150歳まで生きられるかもしれない」と語りかけるシーンがありました。テクノロジーの発展を踏まえた言葉とはいえ、こうした背景を考えると単なる軽口だけではないように聞こえてきます。
生誕100年記念大会における習近平演説の真意
江沢民氏の生誕100年記念大会は、人民大会堂の大ホールに6000人が参集して挙行されました。そこで習近平主席が江沢民氏の功績を讃える重要講話を行いましたが、そこには大きく2つのポイントがありました。そのいずれも、江沢民氏を賞賛しつつ、習近平氏自身がいま成し遂げようとしている施策の正当性を強調する内容だと私は感じました。
1. 上海の「安定維持」への評価と治安強化路線の正当化
1点目は、習近平氏が中国のトップに抜てきされる前、江沢民氏が上海のトップだった時の行動に触れた部分です。
「1989年の春から夏にかけ、我が国で深刻な政治的騒ぎが生じた際、江沢民同志は共産党中央の正しい決定を断固として支持し、実行。そして上海の安定を維持することに努めました」
「1989年の春から夏に生じた深刻な政治的騒ぎ」とは、民主化を求める学生や市民に対して軍隊が発砲した天安門事件を指します。首都・北京での流血とは異なり、中国第二の都市・上海は比較的平穏でした。上海を混乱させなかった功績もあり、江沢民氏は中国のトップに大抜てきされるのですが、この記念大会で改めてその功績が評価されました。
これは中国共産党としての評価であると同時に、習近平氏が最重要視する「治安」「安定」というキーワードと完全に一致します。江沢民氏を讃えることで、安定を最優先し治安強化を進める自らの路線(=習近平路線)の正当性をアピールしたと言えるでしょう。
2. 「党内政治の厳格化」と権力集中の推進
2点目は、習近平主席が「我々は、江沢民同志の揺るぎない政治的信念を学ばなければならない」と述べ、江沢民氏のかつての発言を引き出した部分です。
「共産党の路線や原則、党中央の要求に合致し、明確な判断が下されたならば、迅速かつ力強く実行に移さなければなりません。好機を逃す迷いや遅れは、断じてあってはなりません」
5年に一度の中国共産党大会の開催まであと1年に迫る中、今年10月にはそこへつながる重要会議「共産党中央委員会総会」が開かれます。すでに主要議題が決まっており、その一つが「全面的で厳しい党内政治」です。
これは組織や規律、思想の引き締め、腐敗撲滅を徹底し、共産党の求心力や指導力を強化するという習近平指導部の根幹となる統治方針です。今の中国は権限が習近平氏一人に集中しているため、「共産党の求心力や指導力を強化する」というのは、すなわち「習氏の権威をさらに高めること」に他なりません。つまり、江沢民氏の過去の発言を引用しながら、自分が推し進める厳しい党内統制は正しいのだから「ついて来い」と結びつけているわけです。
権謀術数が渦巻く中国政治の恐ろしさ
この記念大会では、習近平氏に続いて李強首相もマイクの前に立ち、「我々は、より深く学習し、実践を重ね、習近平同志を核心とする共産党中央の周囲に、より緊密に団結しなければなりません」と念押ししました。政治的に重要な会議が始まる「政治の季節」を前に江沢民氏を讃えつつ、真の狙いは自らの路線を強力に推進することにあるという意図が透けて見えます。
中国のトップは江沢民氏から胡錦涛氏、そして習近平氏へと継承されてきましたが、党内は決して一枚岩ではありません。江沢民氏は、胡錦涛氏のグループが勢力を拡大していくのを牽制するため、習近平という人物を中央へ送り込みました。
その意味で習近平氏にとって江沢民氏には恩があるはずですが、トップに立って権力を盤石にしていく過程で、江沢民氏の息がかかった高級幹部たちを排除し、失脚させてきました。江沢民派を徹底的に追いやったうえで迎えた今日、生誕100年の記念大会を大々的に催して「江沢民同志に学ぼう」と強調し、自分の政治的基盤の強化に利用する。中国の権力の世界の奥深さと恐ろしさを、改めて考えさせられます。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。



















