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西太平洋の島国・パラオをめぐる国と沖縄県の“微妙な”協調

自民党国会議員と旧統一教会との接点をめぐる問題、イギリスのエリザベス女王の死去、沖縄県知事選…。この1週間、大きなニュースが続いた中で、大きく報じられなかった、パラオ共和国大統領の日本訪問。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した飯田和郎・元RKB解説委員長は、この訪問から岸田政権の沖縄、さらには中国を念頭に置いた対応が見えると話す。  

中国を念頭に関係強化

パラオは、日本から南へ3000キロの西太平洋に浮かぶ大小200の島から成る。総面積は500平方キロメートル弱。鹿児島県の屋久島とほぼ同じ。総人口は1万8000人という、小さな国だ。パラオのウィップス大統領は、岸田首相と9月9日に首脳会談を行ったほか、天皇・皇后両陛下は大統領夫妻と会見された。

岸田首相との会談で両首脳は、海洋進出を強化する中国を念頭に「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて、関係強化を確認。共同声明を発表した。また岸田首相は、パラオの送電システム整備のため、21億円を上限とする無償資金協力も表明した。

岸田首相はパラオの海上保安能力の向上を、支援していくことも約束している。今年7月、海上自衛隊の護衛艦「きりさめ」がパラオに寄港し、パラオの巡視船と訓練も行った。これも海に囲まれた国同士、海洋進出を強める中国を視野に入れた協力だ。

太平洋戦争の激戦地

パラオは第一次大戦後、日本の委任統治領になった。委任統治とは、国際連盟からの委任によって、ある国が敗戦国の植民地や領土に対して行なった統治のシステム。日本は第一次大戦までドイツ領だった南洋群島を、敗戦まで委任統治した。

委任統治によって、多くの日本人がパラオへ移住した。子供のころに日本語教育を受けたパラオのお年寄りには現在も、日本語を話す方がいる。日本の童謡を上手に歌ってみせる高齢者も健在だ。

そのパラオは、第二次大戦中、日本軍とアメリカ軍との激戦地だった。日本兵約1万人がこのパラオで戦死した。このこともあって、天皇陛下は会見したウィップス大統領に、こう述べられている。

「厳しい戦禍を体験したにもかかわらず、戦後、慰霊碑や墓地の清掃、遺骨の収集に尽力されてきたことに対し、大統領とパラオの人々に心から感謝します」
ご両親にあたる上皇ご夫妻は2015年、天皇・皇后両陛下としてパラオを訪れ、かつての激戦地において、戦禍に倒れた日本兵を慰霊された。旧日本軍の戦闘機の残骸が、浅瀬や海底に眠ったままだ。

中国が国民のパラオ観光を制限

そのパラオは、近年ではリゾート地というイメージが強い。特に、ダイビングで人気がある。観光はパラオ経済の柱だ。ピークだった2015年には年間16万人が海外から訪れていたが、いくつかの要因によって、ダメージを受けた。

中でも、中国政府は政策的に、中国国民のパラオ観光を制限した。パラオは、中国とではなく、台湾と外交関係を持っている。台湾が外交関係を維持する国は現在、パラオを含めて世界で14か国しかない。私は2003年にパラオで取材したことがある。ワシントンのホワイトハウスによく似た立派な国会議事堂があり、その左右に裁判所と大統領府が建設中だった。驚くことに庁舎建築の総事業費のほぼ9割を台湾が貸与していた。パラオをつなぎ留めるため、台湾が用意したわけだ。

中国はパラオに対し、台湾と断交し、中国と国交を結ぶように仕掛けている。パラオは、中国人にとっても人気の渡航先だったが、パラオが頼りだった中国人観光客の渡航を制限することで、中国はパラオにゆさぶりをかけるわけだ。

さらに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスの影響。2020年の観光客数は、ピーク時の9分の1、1万8000人まで減少した。今も回復していない。世界銀行によると、2020年の経済成長率はマイナス9.7%。それだけに、日本への支援を求める。

パラオ大統領の日本訪問に関していうと、ランチも含めた首脳会談や天皇・皇后との会見など、日本政府はかなり厚遇したように思える。援助も約束した。中国からすれば、それは、「日本による台湾への側面支援」にも思える。面白くないだろう。

首脳会談で沖縄県民の民意を意識した岸田政権

戦前の話に戻る。「日本が委任統治していたころ、多くの日本人が移住した」と説明したが、その日本人の半分以上、1万3000人が沖縄からだった。沖縄とパラオの関係は今日に至る。

沖縄県とパラオは先月8月26日、双方の友好関係の強化を盛り込んだ覚書を結んだ。今後は双方が持つ技術や人材、資源などを活用していくという。日本の自治体が外国の国家とこのような覚書を結ぶのは珍しい。そこからは、沖縄県の思惑が見えてくる。

パラオ政府は、2020年から資源保護を目的に、自国の排他的経済水域(EEZ)のうち、80%の海域を禁漁区にした。残り20%は、パラオの漁船と、協定を結んだ外国籍の漁船に限って操業を認めている。その20%の海域で、日本で唯一、操業が認められているのが、沖縄県のマグロはえ縄船だ。

県が結んだ覚書の大きな目的の一つが、パラオのEEZ内でのマグロ漁。沖縄の漁業者にとってこれは死活問題だ。さまざまな交流を通じて、EEZ内でのマグロ漁を維持していく狙いだろう。

日本政府は、沖縄の漁業者がパラオのEEZで操業できていることをどうみているだろうか。外務省のホームページに、9日の首脳会談の紹介の中で、このような記述がある。

「両首脳は、パラオ水域における日本漁船の安定操業の継続に向け、引き続き緊密に連携していくことを確認しました」
パラオの海で操業しているのは、沖縄の漁業者だけ。つまり、沖縄のマグロ漁船の保護を、首相が直接、パラオの大統領に働きかけたわけだ。沖縄県庁の担当部局やマグロ漁船の組合も、今回の首相の働きかけを評価している。

いま、沖縄県では本島だけではなく、先島諸島の島々で、自衛隊の配備計画が急ピッチで進んでいる。軍備増強を図る中国をにらんで、中国が仕掛けるかもしれない台湾侵攻や、さらなる海洋進出に備えるためだ。

ここからは、頭の体操。政府としては、安全保障戦略においては地元・沖縄の理解が欠かせない。そのためにも、パラオ大統領を丁重にもてなしたり、マグロ漁の保護を要請したりする。これら動きは、国に対する沖縄県の、沖縄県民の民意を意識しているのではないか。

パラオ大統領との首脳会談は、11日の沖縄県知事選の直前だった。選挙は岸田政権が望む結果とならなかったが、無関係ではないように思える。そして、その視線の先には、中国をにらんだ安全保障戦略がある――。そういう気がしてならない。

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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