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「やまゆり園事件」関連本の決定版!執筆した元養護学校教員が語る

神奈川県の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年に起きた障害者殺傷事件。社会に大きな衝撃を与えたが、事件から6年をかけてフリージャーナリストが書き上げた書籍が刊行された。著者とともに、事件を風化させまいと活動してきたRKB毎日放送の神戸金史解説委員は「事件を知るための本としては、これが決定版」とRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。    

やまゆり園事件を考え続ける

「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」という団体があります。私も、メンバーの一人です。

 

やまゆり園事件は、2016年に神奈川県相模原市の障害者施設に、元職員の植松聖死刑囚(当時26歳)が深夜侵入して、45人を殺傷した重大事件でした。私は長男に障害がありますから、他人ごとではないと受け止めたんです。

 

それで「考え続ける会」に参加して、年に数回の講演会やシンポジウムを開いたりしていました。その会の仲間で、フリージャーナリストの佐藤幹夫さんが、書籍を出しました。私が見る限り、事件について書かれた本の決定版かな、と思う内容です。
『津久井やまゆり園「優生テロ」事件、その深層とその後――戦争と福祉と優生思想』(現代書館、税別3200円)
 
佐藤幹夫さんは1953年、秋田県生まれで、弟さんに障害がありました。養護学校(今の特別支援学校)で教員を21年務めています(1979~2001年)。それからフリージャーナリストとして、22年。この間、障害者が加害者となった事件のルポルタージュを書いたりしながら、「飢餓陣営」という雑誌を発行してきています。

2001年 東京浅草事件

→ 「自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の『罪と罰』」

2005年 大阪寝屋川事件

→ 「十七歳の自閉症裁判 寝屋川事件の遺したもの」

2008年 千葉東金事件

→ 「知的障害と裁き ドキュメント千葉東金事件」

2012年 大阪姉刺殺事件

→ 「ルポ 闘う情状弁護へ 『知的・発達障害と更生支援』、その新しい潮流」
雑誌「飢餓陣営」は、哲学、社会学、倫理学……幅広く取り扱っています。マイナーな雑誌だとは思います。しかし、この雑誌を作ること自体、かなりの知識がないとできないと思いました。佐藤さんが、“批評家”の側面も持っていることがよく分かります。

植松死刑囚に関する8つの「仮説」

出版を記念した講演会が2月11日、神奈川県相模原市で開かれました。聴衆として上京したのですが、私の名前の張り紙が壇上にあり、いきなり事務局が「しゃべれ」と。びっくりしましたけど、それはさておき、佐藤さんはこんな風に語りました。

佐藤幹夫さん:事実関係に関しては、記者さん方が最初から非常に取材を旺盛にされていたので、その事実に付け加えるような取材はちょっと難しいだろう、と。どうやって自分の書いていくものを差別化していくかと考えた時に、例えば、

 

・なぜ被害者の方が、遺族の方が匿名になったのか。そこにはどういう問題があるのか? なぜなのか?

・やまゆり園でも、自分たちのやっている支援について振り返って、そこで掘り下げて、何かメッセージを発信してくるということをしてもらえない。施設の持っている問題も、しっかりと掘り下げて考えていく必要はあるんではないか。

 

・一体あの裁判が、どういう裁判で、何がそこで話し合われたか。どういうものだったか、しっかりと今までみんなに提示できていたのか。

 

・それから、植松死刑囚。彼がしゃべっていた、優生思想のこと、大麻のこと、障害者のこと、いっぱい書かれ語られているんだけれども、むしろ大事なのは、彼が「語ることを拒んだこと」「語らなかったこと」ではないか。そちらの方に、この事件を考える非常に重要なヒントが隠されているんじゃないか、と。
佐藤さんはこの本で、8つの「仮説」を説明していきます。

仮説1:植松死刑囚は、重要なことを話していない。不必要なことを語りすぎるし、重要なこと話さない、という傾向が見える。したがって、彼の語ることを真に受けてはいけない。何らかの「裏読み」や「深読み」が必要になる(243ページ)。
僕ら記者は取材して、相手が何と語ったかを伝えていくわけですが、「語らなかったこと」を探ろうと取り組んでいるわけです。

養護学校教員だったからこそ書ける「仮説」

8つある仮説からもう一つだけ紹介します。「怒りと憎悪と、被害感情が反転した攻撃感情」を佐藤さんは挙げています。

佐藤幹夫さん:重度の障害を持っている方たちだからこそ、身の回りで世話をしている支援者がどういう人間か、とても敏感に察知するんだと思うんですね。

 

(植松死刑囚は)「しつけで、鼻先を小突いた。それは犬や猫をしつける時もそうやってきたから。人間の場合も同じなんだ」と言っている。そういうことを考えている人間に、利用者が心を開くわけはない。絶対反抗しますよ。服を脱がせようとすると嫌がる。ご飯を食べさせようとスプーンを出すと顔をそむける。彼らなりのやり方で、いろいろな形で反抗していく。絶対、言うことを聞かない。

 

そうすると植松聖支援者は、非常に自分のプライドが傷つく。「この野郎」と思う。自分の受けた仕打ちを、利用者さんに返していく関係になってしまう。そうすると、あとは一直線ですよね。周りの支援の仕方がすごく気になる。
 
佐藤さんは養護学校の先生だった。だからこそ「支援者」の視点を持つ。本で、こうも書いています。

「障害をもつ人との感情交流」という、支援職員としてまずは身につけるべきスキルを、ついにもてなかった、もとうとしなかったということを示しています。決して、「障害」をもつ人たちが「何もできない」ゆえに、ではありません。「何もできない」のは、植松容疑者自身の方だったのです」(59ページ)
確かにそうだろうと思います。

植松被告をわざと挑発してみる

「急に怒り出す特徴がある」と鑑定結果が出ていることに佐藤さんは注目しました。佐藤さんは傍聴に行った時、閉廷後の法廷で直接挑発してみた、というのです。

佐藤幹夫さん:ちょっとしたことで怒りやすいことを、「易怒性(いどせい)」と言うようで、鑑定の中にあって気になっていた。それで、退廷して席を立つ時に、すごい馬鹿にしたような顔をして、「あんたはいろいろ偉そうに言っているけれど、所詮こんなもんじゃないの?」「みんなに馬鹿にされてるんじゃないの?」とみたいなことを、思いきり表情に込めた。「ちょっとこっち見ないかなー」と思ったら、ちょうど目が合ったんです。

 

そうしたら、パッと顔が真っ赤になって、上目遣いになって私をにらみつけてきた。すぐに刑務官に囲まれてそれで終わったんですけども、「あ!」と思いましたね。私の見たかったのはこの反応だ、と。
顔色を見ただけで、「馬鹿にされている」と思った瞬間に、真っ赤になって怒りだした。「易怒性」は本当なんだな、ということを、佐藤さんは法廷の中で確かめてみた、というのです。すごい取材方法ですね。

「戦争と福祉と優生思想」広さと深さ

この本の特徴は、「戦後史・現代史としてやまゆり園事件を描いている」こと。事件は「戦後福祉75年の“負の集大成”」なのではないか、と捉えています。福祉が形骸化し、形だけの福祉になっているという要素も指摘しています。戦争と福祉の関係、幅広く論考を進めていく形を取っています。

 

だから、サブタイトルは「戦争と福祉と優生思想」となっています。時代的には70年以上のロングスパンで深くものを見ていますし、戦争と福祉の関係にも踏み込む視野の広さがあります。私は会場で、こんなことを言いました。

神戸:RKB毎日放送の神戸と申します。福岡の放送局で記者をしていますが、東京に単身赴任していた時にこの事件に遭遇しまして、障害を持つ子の親として、記者として、取材をしなければいけないのではないかと、しばらく時間がかかってから覚悟をして、植松被告と面会を重ねていき、ドキュメンタリー番組を何本か制作しております。

 

この「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」には、1メンバーとして参加してきましたが、福岡に戻ってしまったので、なかなか来られないでいたのですが、今回は本の出版記念ということで駆けつけてきました。私もこの取材にいろいろ絡んできていますが、今回の本はこの事件に関する決定版じゃないかな、と今の段階では思っています。
 
「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」を続けてきた仲間たちの、現段階での「集大成」みたいな形になっているんじゃないか、と思います。私たちがどんな社会に生きているのか、関心のある方、ぜひお読みください。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。
 

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