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袴田事件で検察が特別抗告断念「ベレー帽の再審弁護人」に聞く

ラジオ
重い扉が、やっと開いた。袴田事件で検察が特別抗告を断念したことは、歴史的な出来事だ。その翌日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』では、コメンテーターを務めるRKB神戸金史解説委員が裁判の経緯を振り返るとともに、袴田巌さん(87)の再審を求め続けてきた「ベレー帽の再審弁護人」鴨志田祐美さんに直接、話を聞いて、再審法の改正を含む、えん罪救済の根本的な見直しを訴えた。  

「袴田事件」とは

今日(3月21日)の朝刊は、どこも袴田事件で大展開しています。1966年6月に事件が起き、8月に袴田さんが逮捕されました。67年8月に工場のみそタンクの中から血痕が付いたTシャツやズボンなど「5点の衣類」が見つかります。静岡地裁は68年、この「5点の衣類」を犯行時の着衣として認め死刑判決を出し、最高裁で確定しました。

 

静岡県のみそ製造会社専務一家4人が殺害された大変な事件で、従業員だった袴田さんにはボクサー経験もあり、体の大きかった専務さんを殺害するには「それなりの力を持った人でないとできないだろう」という当初からの見立てがあったと言われています。この「5点の衣類」が本当に証拠として成り立っているのかが、争われてきました。

いたずらに時間がかかる検察の特別抗告

1975年に最高裁は、「『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の原則は、再審にも適用される」という決定をしました(白鳥決定)。新旧の証拠を総合評価して、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせれば、再審を請求できることになったのです。

 

しかし、今回の事件は複雑な経緯をたどっていて、第1次再審請求は地裁・高裁・最高裁とも退けています。1981年のことです。2008年になって第2次請求が始まり、2014年に静岡地裁が再審開始を決定。支援者たちも喜びにわいたんですが、高裁が4年後に開始決定を取り消します。

 

ところが二転三転、最高裁は高裁に審理を差し戻しました。そして今回、東京高裁が再審開始を決定しました。検察は「判例違反とまで言える証拠評価の誤りを見出せない」と特別抗告を見送ったため、再審が開かれることになり、無罪となる公算が高くなったという状態です。すごく時間がかかっています。

朗報に再審を求める支援者は

きのう(3月20日)九州で初めてとなる、再審法の改正を求めるシンポジウムが長崎で開かれていました。「検察が特別抗告を見送った」という情報は、そのシンポジウムの開始直前に届き、日弁連・再審法改正実現本部の鴨志田祐美弁護士は「朗報が飛び込んできた」と報告しています。

 

しかし鴨志田弁護士は「これで喜んではいけない」とも言っていました。逮捕から57年。これほど長い時間がかかったのは、えん罪救済のきちんとしたルールがないからだ、と問題提起しているのです。「検察官の抗告は法律で禁止すべきだ、再審の裁判で争えばいいではないか」と。

 

袴田さんの再審開始を静岡地裁が決定したのが2014年。それから9年もかかったのです。袴田さんは今87歳、ずっと支援してきた姉の秀子さんは90歳。これでは、いたずらに死を待っていると見られても仕方ありません。法律の改正を、弁護士や支援者は強く訴えています。

 

えん罪というのは、「起こりうるもの」です。だから私は死刑判決そのものにも懐疑的です。袴田さんは死刑判決を受けていました。もしえん罪だとしたら、大変なことです。もう一つは、真犯人がほかにいるかもしれないということ。真犯人が逃げているとしたら大変恐ろしいことだし、亡くなった方々の無念を晴らすという意味でも死刑判決は無意味だったことになってしまいます。

 

この事件は、私達が生きている社会でどう裁判が行われていくべきなのか、ということについて、非常に大きな教訓を持っています。
番組後半では、前述の日弁連・再審法改正実現本部で「ベレー帽の再審弁護人」として知られる鴨志田祐美弁護士に電話インタビューした。

「ベレー帽の再審弁護人」鴨志田弁護士に聞く

神戸:再審請求事件のニュースが出るたび、テレビの画面によく映っているベレー帽の女性がいます。鴨志田祐美弁護士です。お久しぶりです。

 

鴨志田:本当に久しぶりですね。

 

神戸:昨日(3月20日)長崎で行われたシンポジウムは、九州では初めての企画だったんですね。

 

鴨志田:はい、再審法改正がテーマで九州初開催という記念すべきイベントの30分前に、「抗告断念」という一報が入ってきました。本当に、昨日は歴史的な日になりました。

 

神戸:フェイスブックにも「世論が歴史を変えました!!」と投稿していましたね。

 

鴨志田:一報を聞いたときは本当にうれしくて。袴田秀子さんにすぐ電話したんです。横には西山美香さん(湖東記念病院事件で再審無罪)もいたので、直接2人で「おめでとうございます、良かったですね!」と電話で話すことができました。

 

神戸:秀子さんは本当に長い時間支えてきたわけで、心が揺らいだ時もあったんじゃないかな、と。

 

鴨志田:お酒に溺れたこともあったそうですし、今でこそマスコミはこうやって報じてくれるけども、最高裁で死刑判決が確定した時に「周りが全部敵に見えた」とよくおっしゃいます。

検察官の抗告「世論で封じ込んだ」

神戸:すごく喜んでおられましたね。ところで、鴨志田さんのフェイスブック、別のところで「今回の抗告断念を検察官の英断だなどとプラス評価なんかしないで下さい」とも書いていました。

 

鴨志田:はい。今回「よかったね」が最初に来たのは事実なんですけども、全く喜んでいていい話ではありません。袴田事件は2014年に地裁が再審開始決定を出しています。それから9年間も再審の審理が続いて、やり直しの裁判に行き着かなかった理由は何なのか? それは、検察官が不服申し立て、即時抗告をしたからなんですね。

 

鴨志田:2月27日に「日野町事件」で大阪高裁の開始決定が出ています。死後再審で、事件が起ってからもう30年以上経っている事件です。これも、検察官が大津地裁の決定に即時抗告して、大阪高裁でも4年以上審議をして、やっと大阪高裁は再審を認めたら、その1週間後に特別抗告しているんですね。

 

鴨志田:袴田さんの特別抗告は断念しましたが、全体として見ると、やはり検察官はあくまでも有罪を主張して、再審開始決定に対して不服申し立てを繰り返す姿勢を全然崩していません。今回だけ、たまたま断念しました。言ってみれば「世論の力で封じ込めた」のであって、検察官が英断で引き返したんだ、とは言わないでほしい、という気持ちを込めてフェイスブックに書きました。

再審法の改正案を日弁連が提出

田畑竜介アナウンサー(番組MC):今回、検察は抗告を断念しましたが「再審で争えばいいのにな」と思うんですが。なぜいろいろなえん罪事件で、抗告が度々繰り返されてしまうんですか?

 

鴨志田:やり直しの裁判の本番である「再審公判」で検察官は有罪を主張できるから、言いたいことがあればそこで言えばいいんです。ところが、彼らはすぐ「法的安定性」と言うんです。「裁判のやり直しを安易に認めると、3審制で一度固まった判決の判断を簡単に揺るがすことになるから、簡単に認めるべきではない」とあちこちで言っているのを聞きます。自分たちが有罪だと起訴して、(最高裁まで)3回も裁判官が有罪だと認めてくれたのをなぜひっくり返すんだ、みたいな思いがものすごく強いんだと思うんです。

 

鴨志田:ただ間違った裁判だったら、袴田さんは死刑になっちゃってたかもしれないわけです。しかも、そのやり直しの裁判に行き着かせないようにする抗告は、絶対に許されないと思うんですよね。

 

神戸:法律で抗告を禁止すべきだという意見もあります。これには法改正が必要なんですよね?

 

鴨志田:はい。日本弁護士連合会は2月に「再審法改正の意見書」を、具体的な条文案も入れて提案したところです。「再審の段階で証拠開示をきちんとやる」ということ、「開始決定に対する検察官の不服申し立ては法律で禁止しよう」ということを、2本柱として主張しています。

都合の悪い証拠「探したけど見当たりませんでした」

神戸:どんな証拠があるか、弁護側はわからないですよね?

 

鴨志田:そうです。だから弁護側は当てずっぽうで「こんな証拠があるんじゃないですか?」みたいなことを言って、検察側が「いやそれはありません」という不毛なやり取りを延々再審請求の手続きの中でやり続けて、それだけで長い時間がかかっています。

 

鴨志田:袴田事件の場合、第1次再審請求の27年間で証拠は1点も開示されていないんです。「5点の衣類」のカラー写真とネガは、第2次再審になってから裁判所が勧告をして、やっと出てきたものなんです。勧告してくれなかったら、今回のような再審開始の確定まで行き着けなかったかもしれません。どういう証拠があるのかさえわからない状態で、手探りで何十年もかけて証拠開示を求めるなんてことを強いられているのが現状なんです。

 

神戸:証拠は、検察のものじゃないですよね?

 

鴨志田:私達の税金を使って彼ら捜査機関は証拠を集めるわけですから「公共財」ですよね。真実を発見するために私達の税金を使って集められた「公共の財産」だと考えるべきだと思うんです。

 

神戸:当てずっぽうで何か当たった時に出てくる。

 

鴨志田:検察官は証拠開示勧告に対しよく「不見当」(探したけど見当たりませんでした)と言うのです。袴田事件の場合も、「後で別のところを探したら出てきました」と、幼稚園児の言い訳みたいなことを言うんですね。

 

神戸:「不見当と言っていても、本当はあったじゃないか」という疑念さえ残ってしまいます。

 

鴨志田:その通りです。

「捜査機関が捏造」ありうるのか

神戸:ある友人が、子供から「証拠の捏造なんて、警察が本当にするのか?」と聞かれた、というんです。「そんなこと信じられない」と。友人は「どう答えていいか困った」と言っていました。「5点の衣類」は捜査機関による捏造だった可能性が高いとまで言われているわけですが、「こんなことが本当に世の中にあるのか?」と子供から聞かれたら、なんと答えたらいいんでしょうか?

 

鴨志田:それは、率直に「あるのだ」と言わないといけないと思うんですね。再審の手続きが不明なまま、大正時代の刑事訴訟法の規定が、ほぼ1世紀以上手付かずでいる理由は、国民の無関心だと思うんです。なんとなく、「裁判所はちゃんとしてる」「検察や警察はちゃんとやってる」という、漠然とした根拠のない信頼を国民が司法や捜査に寄せているからです。

 

鴨志田:事件の中で捏造が指摘されたり、実際に判明したりしたのは、別に古い事件だけじゃありません。例えば、村木厚子さんの事件(郵便不正・厚生労働省元局長事件)では、特捜検事がフロッピーディスクを改ざんしていました。ああいうことって、あるんですよ。「ある」とわかった時、国民がもっとちゃんと声を上げて、批判して「変えていかなきゃいけない」となっていかなければ、ずっとこのままのことが続くと思うんです。

若い世代に見出した希望

鴨志田:昨日も、長崎の集会に高校生が何人も来てくれて、「冤罪のドラマを見て、このままじゃだめじゃないかと思った。なんで日本は法改正が遅いのか?」と質問をしてくれたんです。若い世代、高校生とか大学生とかがこういう問題にきちんと向き合って「これは変えなきゃ」と声を上げてくれることに、私は希望を見出したいと思いました。

 

神戸:多くの警察官・検察官は、真剣に取り組んでいる方が多いと思いますが、時にそういうことが起こり得る。それが明らかになろうとする時「組織防衛」をしてしまう、ということでしょうか?

 

鴨志田:まず隠す、そして先送りしようとする。組織の体質としてあるように思います。

 

神戸:情報をフラットに開示した上での裁判議論というのが根本的に欠けている中で、調べる側だけが証拠を持ち、手駒をいっぱい持っているのに、弁護側にはない。それでは、裁判としてバランスは取れてないですね。

 

鴨志田:はい、非常にアンフェアなところで戦うことを強いられてしまうということです。「疑わしい時は被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審にも適用される、ということを1975年に最高裁が言っているわけです。それからこんなに年月が経っても、まだ私達が無罪の証明をしなければならないほど再審のハードルを高くて、しかもその証拠も開示されない、手探りの中でやらなければいけない、ということが、いかにえん罪被害者を長く苦しめているか。多くの人に知ってほしいと思います。

 

鴨志田:今回のことがきっかけになって、再審法の改正とか、えん罪の救済の根本的な見直しのきっかけになってくると本当にいいなと思っています。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。
 

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