田畑竜介Grooooow Up

月~木曜 6:30
「沖縄の米軍基地を引き取る」沖縄返還50年の節目に考える

「沖縄の米軍基地を引き取る」沖縄返還50年の節目に考える

1972年にアメリカ軍から施政権が返還されて、まもなく50年。しかし、今でも米軍専用施設の7割が沖縄に残る現状は変わらない。沖縄県民の米軍基地に対する意識も世代ごとに変化している。そんな中、沖縄にある米軍基地を自分たちの住む地域に「引き取ろう」とする動きが起きている。RKBの神戸金史解説委員が、レギュラーコメンテーターを務めるRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。

 

沖縄に7割を超える米軍専用施設が集まっている

神戸金史解説委員(以下、神戸): 1972年にアメリカ軍から施政権が返還されて、5月15日で50年の節目を迎えます。沖縄には米軍基地が集中して、その重圧に苦しんでいますが、何も変わることなく来てしまったなあという印象もあります。

 

神戸:たまたま日曜日に、福岡市内で基地について考える会があったので、のぞいてきました。「沖縄から米軍基地を自分たちの手元の地域に引き取ろうじゃないか」という運動をしている人たちが、多く集まっていました。基地を引き取るって聞いたことありますか?

 

田畑竜介アナウンサー(以下、田畑):いや、なかなか聞かないですね。

 

神戸:この問題を、自分たちの問題として考えようということなんです。その前に、まず沖縄ではどんなふうになっているか?「米軍専用施設面積が都道府県に占める割合」は、沖縄県が8.1%とダントツ。2位の神奈川県は0.61%です。「1人当たりの米軍専用施設面積」は、沖縄県民1人当たり127平方メートル。2位の青森県は19平方メートル。ちなみに福岡県は0.05平方メートル。全然違うわけです。

 

神戸:全国の面積の0.6%しかない沖縄に、7割を超える米軍専用施設が集まっている。これは不公平、差別ではないかという問題がずっと根強く残っているわけですね。

 

神戸:1959年は在日米軍全体の38%が沖縄にありました。ところが、復帰直前の70年になると、58%に上がります。福岡などいろいろなところで、米軍基地がなくなっていったからです。そして今、70%を超えてしまっています。沖縄でも面積は少しずつ減っていますが、残ってしまっている。犯罪も時々起きて、非常に困ってしまうわけです。「米軍基地をなくそう」という運動はずっとあったんですけど、なくならない。これはなぜでしょう。

 

神戸:日米安保条約が「有効だ」「正しい」と思っている方は8割を超えています。「基地をなくせ」=「安保廃棄」という主張に同調する人は少ない。沖縄はそのまま何も変われない、変わらない状況が続いています。何とかしなきゃいけないんじゃないかと考える人たちが、「基地の引き取り運動」を始めています。全国に約10か所、福岡にもあります。

沖縄県民でも「諦めを感じて育つ世代」が増加

神戸:ところで今日(4月12日)の読売新聞に、沖縄県が3月に発表した昨年の県民意識調査の結果が大きく出ていました。

沖縄に米軍専用施設の約70%が存在する現状を「差別的な状況だと思うか」と尋ね、「そう思う」と答えた人は60歳代以上で60%程度なのに対して、30歳代以下は25%程度でした。30歳代以下は、2012年の40%程度から大きく低下しています。

神戸:敗戦から時間が経っていく中で、だんだん「もう仕方ないんじゃないか」という諦めを感じ始めて育つ世代が増えてきているということなのかなと思います。でも、「引き取り運動」が始まっているのは、「諦めずにもっといろいろ考えましょう」「自分ごととして考えましょう」ということ。福岡空港が、元々米軍基地だったのは知っていますか?

 

武田伊央アナウンサー(以下、武田):私は福岡出身で、ずっと福岡に住んでいた祖父母がいますから、知っていましたが、長崎出身の20代の番組ディレクターは「へー!」とびっくりしていましたね。

 

神戸:知らなかったという層はどんどん増えていきます。例えば、福岡空港。本土決戦を迫られた日本陸軍が「席田(むしろだ)飛行場」を造り、敗戦によって米軍に接収され、「板付(いたづけ)基地」となりました。1951年には日本航空が戦後初の民間航空路線、東京・大阪と福岡を結ぶ路線を開設しました。軍民併用だったわけです。

 

神戸:1950年代は、朝鮮戦争(1950~53)が起きました。福岡でも周辺の土地が1954年と57年に強制収用されています。九大箱崎キャンパスに米軍の偵察機ファントムが墜落し、大変なことになった(1968年)。

 

武田:えー!

 

神戸:建物に突き刺さって、尾翼が見えているっていう写真が有名です。たまたま死者は出ていませんが、こういったことが福岡でも起きています。1972年、沖縄の本土復帰の年、福岡空港はほぼ全面的に返還されました。だから沖縄と福岡空港の歴史はダブっているんです。他人事ではありません。墜落事故も何度も起きていて、空港の近くで人が亡くなっています。

 

武田:そうだったんだ……

 

神戸:福岡空港には今、わずかしか米軍専用地域は残っていません。基地がほとんどわからなくなっている中、引き取り運動をしている人たちは考えているわけです。「日本全体で基地をどうするのか、まともに向き合わずに来てしまったのではないか」。目の前の基地が撤去されたことによって、その地域の運動は終わってしまって、実はその分だけ沖縄には駐留米兵数がどんどん増えていく。「本土での基地撤去運動が加速させたのではないか」と、引け目を感じている人たちが、引き取り運動に参加し始めています。

“沖縄の基地問題”ではなく“日本の基地問題”

神戸:日曜日、こんな議論をしてきました。「基地を引き取るというのは、現実には難しいんじゃないか」とか、「反対。基地の危なさが見えなくなっちゃうんじゃないか」とか。意見はまとまりません。でも「対話をきちんとしましょう」というのが、引き取り運動の人たちの考え方です。いろいろな意見がある。否定も断定もしない。答えは一つではない。ただ、「沖縄とともに考える」ことがとても大事なんじゃないか、ということが引き取り運動の原点になっています。そこで出た言葉です。「沖縄の基地問題ではない、日本の基地問題と言わなければいけない」。非常に印象的でしたね。

 

田畑:そうですね。

 

神戸:自分のところで引き取るとしたら?それはあり得るのか?沖縄に置かれたままでいい、となぜ思っているのか?そんなことを考えるきっかけになればいいんじゃないかな、と思いました。

 

田畑:他人ごとではなく、自分ごととしてしっかり考えて、沖縄ではなく日本の基地問題という意識を持つことも、必要だと思います。

神戸金史RKB解説委員が薦める参考ブックレット

『沖縄の米軍基地を「本土」で引き取る! 市民からの提案』

2019年「コモンズ」刊、同書編集委員会編、900円+税

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