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人生最高の本「忘れられた本の墓場」シリーズの魅力を翻訳者と語る

ラジオ
世界的ベストセラー小説「忘れられた本の墓場」シリーズをご存じだろうか。スペインの作家カルロス・ルイス・サフォンの4部作だ。日本語版の翻訳者によると、サフォンの熱烈なファンを指す「サフォンマニア」という言葉は、いつしか「本を読む情熱」という意味として使われているという。「サフォンマニア」を自任するRKB毎日放送の神戸金史解説委員が、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、その魅力を語った。    

全4作の「忘れられた本の墓場」シリーズとは

私が大好きなスペインの小説があります。著者は、カルロス・ルイス・サフォン(1964年バルセロナ生まれ)。ちょっといかつい顔をした男性です。残念ながら2020年に55歳で亡くなりました。
サフォンが遺した「忘れられた本の墓場」シリーズは、全4冊。日本では集英社文庫から発行されています。完結編の「精霊たちの迷宮」は、2022年に日本語訳版が出て、昨年末に楽しみに読んだんですが、「これは、すごいな」と思いました。

サフォン著「忘れられた本の墓場」シリーズ(西暦は原書発行年)

 

2001年「風の影」     =青春ミステリー

2008年「天使のゲーム」  =「ファウスト的」幻想ゴシック小説

2011年「天国の囚人」   =「モンテクリスト伯風」冒険譚

2016年「精霊たちの迷宮」 =極上のサスペンス
日本語版翻訳者の木村裕美さんは、第1作「風の影」のあとがきで、こう紹介しています。

「1945年。靄につつまれたバルセロナ。無数の書物が眠る『忘れられた本の墓場』で、10歳のダニエルは、偶然1冊の本を手にする。この本との出合いによって、ダニエルは知らず知らずのうちに、幻の作家をめぐる暗い過去の世界へとひきずりこまれていく……」
「忘れられた本の墓場」は、4冊の本全部に出てきます。主人公のダニエルは、古本屋を経営する父親に「忘れられた本の墓場」へ連れていかれます。

「ダニエル、きょう、おまえが見るもののことは、誰にもしゃべっちゃだめだ。友だちのト マスにも、誰にもだぞ」(中略)

 

内部は蒼い闇につつまれている。大理石の階段と、天使の像や空想動物を描いたフレスコ画の廊下が、ぼんやりうかんで見えた。管理人らしき男のあとについて宮殿なみの長い廊下を進むうちに、父とぼくは、円形の大きなホールにたどりついた。(中略)

 

高みからさしこむ幾筋もの光線が、丸天井の闇を切り裂いている。書物で埋まった書棚と通廊が、蜂の巣状に床から最上部までつづき、広い階段、踊り場、渡り廊下やトンネルと交差しながら不思議な幾何学模様をなしていた。その迷宮は、見る者に巨大な図書館の全貌を想像させた。

 

ぼくは口をぽかんとあけて父を見た。父はほほ笑んで、ぼくにウインクした。

「ダニエル、『忘れられた本の墓場』へ、ようこそ」

(『風の影』上巻14ページ)
ひとつひとつの言葉が、すごく美しいんです。ダニエルは父親からある指示を受けます。1冊だけ気に入った本を持ち帰っていい。ただし、本が「ぜったいにこの世から消えないように、永遠に生き長らえるように、その本を守ってやらなきゃいけない」。これが、初めて来た人のルールなのです。

 

ダニエルが手に取ったのが、「風の影」というタイトルの本でした。この本を奪おうとする人が出てきて、ダニエルは守らなければいけない。10歳の少年が見たバルセロナ。冒険や恋が描かれていきます。いろいろな過去の秘密をダニエルが調べていく。すると、別の過去の秘密が出てきてしまう物語の構成。

 

まるで入れ子のロシア人形(マトリョーシカ)のように。実は小説世界そのものが「忘れられた本の墓場」なんです。複雑な世界を展開していることに、読みながらクラクラしてきます。

端役に至るまでの全登場人物が持つ「立体感」

翻訳者の木村裕美さんは「ゴシック小説の香りがただようミステリー、歴史を背景にした恋愛ロマン、推理、冒険、庶民の風俗喜劇…、『風の影』は、読ませる小説の要素を余すところなく内包している」と書いています。

 

全世界で2000万部以上売れている世界的なベストセラーです。翻訳者の木村裕美さんはマドリード在住、たまたま日本におられた2月27日、お話をうかがいました。

木村:『風の影』には、その辺に出てくるおじさんとかおばさんも含めて、全部気づいたら(登場人物は)100人ぐらいでした。本当にちょっと、1~2行出てくる人も含めて。みんな性格を持っていて、みんな「なんかこれってスペイン人だよね!」みたいな感じで、生き生きしてる。「この一言で、わかる!」みたいな。本当に人物描写は素晴らしいですね。

 

神戸:木村さんは「当時のスペインを生きた無名の人々、あの時代に確かに存在した人間たちの投影」とお書きになっていましたね。

 

木村:ええ、そうですね。

 

神戸:出てくる人たちが皆、日差しを浴びて影を持っているような、立体感があるような気がしましたね。

 

木村:そうですね! 本当におっしゃる通りだと思います。

スペイン現代史の暗部が背景に

4部作は、数十年に及ぶスペインの現代史を描いています。僕らはあまり知らないですが、スペインにはすごく残酷な歴史があるんです。

 

第2次大戦の直前、1936年から4年にわたる内戦が起きて、同国人同士の殺し合いが続きます。内戦で勝利したのは軍人フランコで、1975年に亡くなるまで、40年近く独裁政権を維持しました。

 

つまり、言論の自由がない国だったんです。今のミャンマーみたいな感じでしょうか。内戦前にスペイン全土で1万人程度だった囚人が、内戦の終わるころは27万人に上っていた、と言います。無数の無実の方々が収監され拷問され、銃殺されて埋葬されています。

 

そういう暗い歴史が、実はスペインにはあるんです。それを背景にしているので、この小説の中にも人を簡単に殺す警察官とか、拷問が加えられる刑務所などが出てきて。でも、実際にあったことなんですよね。これがサスペンス的な要素をすごく強めています。

 

4作にわたって、過去に遡りながら話が展開していくんですが、年表を作ってみました。何年にどの話があったか、1年ずつ書き出すのに1週間ぐらいかかりました。「こんな小説があるのか?」と思うような、緻密な作りになっています。

日本語版翻訳者の惚れ込みよう

第1作の「風の影」、言葉があまりに面白くて、世界も深いので、何度も読んだんですが、4作目の完結版を読んだ時には、全体像があまりに広くて「これは、世界文学に残る」とはっきり思いました。もう一度、木村さんのお話を聞いてみてください。

木村:「忘れられた本の墓場」は、バルセロナの一角のどこかにあるんだけど、でも実は私達の心の中にもものすごく大きな「忘れられた本の墓場」があって、ちょっとほこりをかぶった本を取り出して読んでみる。

 

木村:つまり、子供の時に読んですごく感動した本を、ある程度年をとってから読み直すと、「あ、そうか……あの時には見えなかったけど、これはこういうことだったのか」みたいな。本って、そういう魅力がありますよね。何度読み返してもそのたびに新鮮なものがある。

 

木村:その度に見えるものが違ってくる、というのがやっぱり素晴らしい本。サフォンの本はもう、まさにそうなんだけど、そういう本にその出会えることの幸せというのもありますよね。

 

神戸:僕は、「サフォンの本に会ってよかった」と本当に思っているんです。

 

木村:私も、本当にそう。そうです…。もう全くその通り。よく彼がここまで書いてくれたな、と思って……。

 

神戸:木村さん、泣かないでくださいね。

 

木村:泣きそう! 泣きそうです、本当に…。
4作品それぞれ書き方も違いますが、出てくる人が少しずつ重なり、そして「忘れられた本の墓場」が登場。そこに10歳程度の子供が行って、本を1冊持ち帰ると、そこからまた話が展開をしていく。およそ90年にわたるお話です。

 

だまされたと思って、まず1冊目の「風の影」上・下巻を読んでみてください。集英社文庫から出ています。読んだら、多分続きを読みたくなると思います。私は、死ぬまでに何度も読み返したいと思っています。読み返すたびに、本の「別の顔」が見えるんです。この深い小説は。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。
 

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