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台湾をめぐる駆け引きが慌ただしさを増している。蔡英文総統がアメリカ本土を訪問し、日本時間の4月6日未明、マッカーシー下院議長と会談した。一方、前総統で台湾の最大野党・国民党の馬英九氏が現在、中国を訪れている。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で台湾与野党それぞれの思惑について解説した。
現職総統のアメリカを訪問に中国は反発
台湾の蔡英文総統が、外交関係のある中米のベリーズとグアテマラを訪問する前後に、アメリカに立ち寄っている。往路はニューヨーク、復路はロサンゼルスという、アメリカの東海岸、西海岸それぞれを代表する都市をトランジット=立ち寄り訪問したのには理由がある。ニューヨークには、国連本部がある「国際舞台」。そして、マッカーシー下院議長は、カリフォルニア州を地盤とするからだ。
蔡総統は、中国の圧力によって、台湾と断交し、中国と国交を結ぶ国がドミノ式に続いていることを踏まえ、民主主義や人権を尊重する台湾の立場を、ニューヨークでアピールした。また、マッカーシー下院議長らとの会談は、先ほど、日本時間の4月6日未明に開かれた。
現職の台湾総統がアメリカに立ち寄ることは過去にもたびたびあった。中国は当然、反発するが、アメリカもトランジットを理由に認め、中国をけん制する材料に使ってきた。今回も中国外務省のスポークスマンが4日、マッカーシー議長について「アメリカ政府第三の人物(正副大統領に次ぐポスト)」とわざわざ、注釈を付けて批判している。マッカーシー氏の前任の下院議長、ペロシ氏が2022年8月に台湾を訪れた際、中国は台湾近海で軍事演習を行うなど猛反発したのは記憶に新しい。
台湾の与党・民進党はそもそも、国民党の独裁時代に、民主化を求める活動家や弁護士らが集まった非合法組織だった。民進党の中には「台湾独立」を目指してきたグループもいるが、法律学者出身の蔡英文総統に急進的な独立志向はなく、「現状維持」を主張してきた。アメリカ留学経験もあり、流暢な英語をしゃべる。中国を過度に刺激しないうえ、意思疎通しやすい蔡英文氏はアメリカにとって、好ましい人物だ。
同じタイミングで前総統は中国を訪問
一方で、台湾の馬英九前総統は中国を訪れている。私は、こちらの方をより、注目してきた。台湾の総統経験者が、中国を訪問するのは中台分裂後、初めてだからだ。
訪問は、4月7日まで12日間。馬氏の主たる訪問目的は、「先祖の墓参り」とされている。日本ではお盆にお墓参りするように、中国では4月の「清明節」に、墓参りする習慣がある。馬英九氏の一族のルーツは中国の湖南省だ。馬氏は墓の前で、亡き祖父に「英九が帰ってきました」と報告していた。
余談だが、馬氏は台北市長時代の2001年8月、福岡市を訪れている。毎朝早朝、大濠公園でジョギングしたというエピソードもある。馬氏はその後、2008年から2016年まで2期8年間、総統を務め、蔡英文氏に総統の座を譲っている。
習近平氏「中華民族の偉大な復興」に通じる馬英九氏の発言
私が現職総統のアメリカ訪問より、前総統の中国訪問の方が気になる理由はさらにもう二つある。一つは、馬英九氏の中国滞在中の言動。二つ目は、中国側の「おもてなし」具合だ。
馬英九氏は祖先の墓参り以外に、南京にある国民党の創始者・孫文の墓「中山陵」を訪れた。清朝を倒した辛亥革命を主導した孫文は、中国においても、台湾においても「国父」とされている。ちなみに南京は、国民党が中国大陸にあったころ、本拠を置いたゆかりの地でもある。馬英九氏は訪問後、こんな談話を発表している。
「台湾海峡の両岸(=中国と台湾)が、平和を追求し戦争を回避するとともに、中華の振興に力を尽くすことを強く望む。これは両岸の中国人の避けてはならない責任である」
また、馬英九氏は中国側の高官との会談で「台湾海峡両岸の同胞は、同じ中華民族に属する」と述べた。孫文の墓では「平和のために奮闘し、中華民族を振興させよう」と揮毫している。
「台湾海峡両岸の中国人」「海峡両岸の同胞は、同じ中華民族」--。中国と台湾の統一志向の強い馬英九氏らしい発言だ。「中華民族の振興」とは、習近平主席が繰り返し唱える「中華民族の偉大な復興」という言葉にも通じる。
「国民党と共産党は同じ中華民族の政党」をアピール
馬英九氏は南京にある「南京大虐殺記念館」にも足を運んだ。ここには、旧日本軍が南京の民間人や捕虜30万人以上を殺害した、という中国側の主張に沿った展示物が集められている。先ほど紹介した「中漢民族の振興」「中華民族の復興」とは、列強に蹂躙された「弱い中国」には絶対に戻ってはいけない、という決意だ。
教育・宣伝施設であるこの記念館で馬英九氏は「われわれ全ての中国人はこの事件から教訓を得るべき。他者から虐げられないようにしなければならない」と語っている。ここを訪れることで、中国も台湾も、手を携えようとアピールした形だ。
共産党と国民党は内戦を繰り広げたが、一時は一緒になって日本と戦った歴史(=国共合作)がある。「大虐殺記念館は、国民党と共産党が手を携えた時代の証明だ」「国民党、共産党は同じ中華民族の政党だ」というナショナリズムを鼓舞する形になった。
それが、注目点の二つ目、馬英九氏に対する中国側のもてなし=対応につながる。台湾土着の与党・民進党と違い、国民党は中国本土にルーツを持つ。「中国と台湾が『一つの中国』に属する」との立場は同じだ。そして、「同じ中華民族だ」という共通認識も持つ。一方、台湾の民進党は『一つの中国』を受け入れていない。台湾の独立を阻止したい共産党にとって、国民党は今や、重要なパートナーだ。
すべては来年1月の総統選挙のため
蔡英文総統のアメリカ訪問、馬英九前総統の中国訪問は、台湾の有権者の意識にどのような影響を与えるのだろうか。
同行する台湾メディアの報道を追いかけると、馬英九氏はVIP待遇を受けている。それが報道を通じて、台湾に伝わる。そうなれば、「ビジネスにおいても、安全保障においても、やはり国民党だ。民進党ではダメだ」「中台関係の安定のためには国民党だ」という意識を有権者に植え付けることができる。もちろん、すべては来年1月の総統選挙のため。国民党が政権を奪回できるようにという、中国側の演出が見て取れる。
だが、馬氏の発言で気になるのは、「台湾海峡両岸の中国人」、また「海峡両岸の同胞は、同じ中華民族」などの表現だ。
台湾・政治大学が今年1月に発表した台湾市民の意識調査によると、「ずっと現状のままを望む」、または「現状を維持し、台湾の在り方は将来決めるべき」と答えた人は合わせて57%。「独立に向けて進むべき」との回答は25%だった。一方、「すぐに統一すべき」「統一へ向けて進むべき」は合わせて7%余りしかいない。
また、「自分は中国人ではない。台湾人だ」と認識する人は若い世代に大半を占める。中国大陸の人とは明確に異なるアイデンティティを持つ。馬氏が中国訪問中に繰り返した「台湾海峡両岸の中国人」という表現は、「中国に吞み込まれたくない」と心配する台湾の有権者の、国民党への反発を招く可能性もある。一方で、「中国と、ことを構えたくない」との思いは台湾住民の根底にある。そのはざまで、台湾の人々の心は揺れ動く。来年の総統選に向け、駆け引きは始まったばかりだ。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
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