ここ数年、国を挙げて映画/映像/音声コンテンツ事業を活性化させる台湾。若くして亡くなった台湾出身の世界的名匠エドワード・ヤンの過去作を4K修復し、世界の映画祭や興行に送り込んで台湾映画の再評価の機運をつくっている。今回、「エドワード・ヤンの恋愛時代」が4Kでリストアされ、劇場公開される。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんが「見逃す手はない」と激推しした。
台湾の映画の国家機関「TFAI(国家電影及視聴覚中心)」
本日は、8/18(金)から福岡はkino cinema天神で『エドワード・ヤンの恋愛時代 4K レストア版』が上映されることを記念して、台湾の映画・映像業界の新しい動きと、名匠エドワード・ヤン監督、という2つの視点からこの作品に迫っていきたいと思います。
まずご紹介したいのは、台湾の映画の国家機関「TFAI(Taiwan Film & Audiovisual Institute/ 国家電影及視聴覚中心、国家映画及び視聴文化センター)」の活動について。
TFAIの歴史は遡ること1978年、台湾初のフィルムライブラリーとして設立された「電影図書館」による映画フィルムの保存、修復、研究、出版といった活動から開始しています。立ち上げ当初は10名程度だったこの組織はその後、「国際フィルムアーカイヴ連盟(FIAF)」への加盟や、映画機関としてのさまざまなプロジェクトなどを行い、組織の名称や事業領域の充実を繰り返しながら、活動を重ねていきます。
転機は2014年。台湾政府の文化部はこの組織に対し、それまでの活動に加え、映画教育、映画の海外マーケティング、販売といった新たな取り組みを追加。2019年にはそれまでの財団法人から、国家の公的行政機関へと格上げを行い、また、事業領域もそれまでの映画フィルムだけでなく、テレビやラジオといった視聴覚資料の保存、修復、研究なども追加し、現在の「TFAI(Taiwan Film & Audiovisual Institute/国家電影及視聴覚中心/国家映画及び視聴文化センター)」に発展していきます。
昨年10月には僕も自分の映画プロジェクトで、このTFAIの職員の方とオンラインで繋ぎ、その活動内容をお尋ねしたのですが、現在は120名程度の職員が働く大きな組織となって精力的に活動を展開していらっしゃるとのことでした。
特に私たち日本の映画ファンや、世界の映画人たちにとって大きな恩恵をもたらす活動のひとつが、歴史的に重要な台湾映画作品のデジタル修復です。TFAIはいま、自国の価値ある映画作品を一本ずつ系統立てて収蔵・デジタル修復し、国内外の映画祭や映画興行にかけていく活動を続けており、これにより世界における台湾映画の再評価や文脈化に大きな役割を果たすのはもちろんのこと、台湾のコンテンツビジネスや「国」としてのソフトパワーのパフォーマンスとしても高い成果が生まれ始めています。今回ご紹介する『エドワード・ヤンの恋愛時代 4K レストア版』もまた、TFAIがこうした活動のなかでデジタル修復を果たした作品となっています。
映画史に残る名匠 エドワード・ヤン
さて、そのTFAIは今年大々的に、本日ご紹介するエドワード・ヤン監督の特集を展開しています。7/22から10/22まで、TFAIと台北市立美術館では、エドワード・ヤン監督の残したさまざま資料が展示される展覧会と、彼にまつわる映画作品が上映されるレトロスペクティブ上映が行われています。
エドワード・ヤンは1980年代から映画活動を開始し、「台湾ニューシネマ」を代表する映画監督として知られています。「台湾ニューシネマ」は1980年代から90年代にかけて台湾の若手映画監督を中心に展開されたムーヴメントで、従来の商業ベースでの映画作りとは一線を画して、台湾固有の文化や風景、社会をより深く掘り下げることにこだわった映画作品の数々が制作されました。
エドワード・ヤン監督は残念ながら、7本の長編映画、そして1本の短編、テレビシリーズ1編を遺し、2007年に59歳の若さで癌の合併症によって亡くなりましたが、これまで発表してきた作品の多くが国際的な評価を獲得し、なかでも2000年の『ヤンヤン 夏の思い出』という映画はカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、名実ともに世界屈指の映画監督としての最高評価を獲得しました。
世界の映画界に影響を与えた
しかし、単に「カンヌで監督賞を獲った」という評価だけでは到底追いつかないほど、特にアジアを中心として世界の映画業界、映画作家への影響力は甚大で、今でもなおエドワード・ヤンからの影響を公言する映画監督は跡を絶ちません。
例えば『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督はヤン監督の映画を「自分の映画人生が変わった瞬間」であり「こんな映画が存在するのか、と思ったし、本当に世界そのものが映っているような感覚を持った」と語っています。あるいは国際的に高い評価を集める黒沢清監督も「自分が映画を撮る上でとても強く影響を受けた監督」であり「今でも、映画の映像はこうあるべきだと確信しているその具体的なおおもとは、ここ(ヤンの映画)から来ている」と仰るほどです。
「エドワード・ヤンの恋愛時代」が4Kで劇場公開
そこまで言わしめるエドワード・ヤンの、何がそんなにすごいのか。そして今日紹介する「エドワード・ヤンの恋愛時代」という映画はどういう映画なのか、ということについては、残りのお時間も限られているので駆け足にはなりますが、ポイントを絞ってご紹介したいと思います。
『エドワード・ヤンの恋愛時代 4K レストア版』は、急速な西洋化と経済発展を遂げる1990年代前半の台北を舞台に、10人の男女の人間関係を二日半という凝縮された時間のなかで描くロマンス・コメディタッチの作品です。1994年に発表された本作を、今回はTFAIによる美麗な4Kリストアバージョンで楽しむことが出来ます。
しかしこの一見軽みを帯びたロマコメ風映画の奥には、都市における人間関係の空虚さや不安、急速に価値観が変化していく社会のなかで寄るべない個人が「どう生きるか」を鋭く捉える視点、そしてエドワードヤン自身の芸術論といったものが豊かに織り込まれてもいます。
なかでも特に注目してほしいのが、先ほど紹介した黒沢清監督の発言にもあった「画面」です。映画を構成する単位に「ショット」というものがありますが、それは何を/どこから/どのように写し、どういった意味と運動を画面に捉え・紡いでいくか、ということであり、エドワード・ヤンはその「ショット」の世界最高峰の名手です。この映画も言ってみればただ男と女が会話を続けているだけ、であるはずなのに、映画を見終わった後にはまるでアクション映画を見たような「運動」性と、圧倒的というほかない画面の「豊かさ」に心底打ちのめされます。
エドワード・ヤンの映画を劇場で見られる、ということは、映画を愛するすべての人にとって祝福以外の何者でもありません。勉強のつもりで行くでもよし、映画を通して人生や世界への眼差しを得るつもりで行くでもよし、理由はどうあれまずはぜひ劇場という特別な空間で、彼の映画と出会える喜びを大いに楽しんでもらえるなら、これほどのことはありません。そしてまたTFAIの地道で素晴らしい活動の成果を見届ける意味でも、この機会を逃さずぜひ楽しんでもらえたら、と思います。
『エドワード・ヤンの恋愛時代 4K レストア版』
台湾|129分|1994年製作/2023年
監督・脚本 :エドワード・ヤン
出演:チェン・シャンチー、 ニー・シューチュン、 ワン・ウェイミン、 リチー・リー、 ダニー・デン、 ワン・イェミン、 チェン・リーメイ、 リン・ルーピン、 エイレン・チン ほか
https://www.bitters.co.jp/edwardyang2023/
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