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2001年7月、筆者(右)のインタビューに答えるダライ・ラマ14世=亡命先のインド・ダラムサラで

ダライ・ラマ後継問題…90歳を前に重大発表!?ウォッチャーが解説

飯田和郎

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2025年も折り返しに差しかかっていますが、世界を見渡すと不安定な情勢が続いています。そんな中、間もなく明らかになる中国関連の重大な動き、特にチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世の後継問題が関心を集めています。東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、6月30日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説しました。

国内問題にして国際問題、チベットの最高指導者

中東情勢、ロシア・ウクライナ戦争、そしてトランプ大統領など、国際社会は様々な問題に直面していますが、私自身はやはり中国を軸に考えてしまいます。中国は、自らの存在感を誇示する場面と、裏で目立たないように事を仕掛ける場面を使い分けてきました。現在の国際社会の構図は、中国抜きでは語れません。そんな中、習近平指導部が息をひそめて見守る出来事が、まもなく明らかになりそうです。

それは「国内問題であり、国際問題」と表現すべき、チベット問題です。国内問題ではあるものの、チベット仏教の最高指導者であり、国際社会で大きな影響力を持つダライ・ラマ14世に関する話なので、国際問題とも言えるでしょう。

ダライ・ラマ14世については、今年1月のこのコーナーでも、中国のチベット自治区で発生した大規模地震に関連して取り上げました。その際、チベットを逃れ66年間もインドで亡命生活を送るものの、チベットの人々から篤い信仰を集めるダライ・ラマとチベットの関係について説明しました。そのダライ・ラマが今週、重大な発表を行うようです。

90歳の誕生日前、後継者選びに言及か

ダライ・ラマ14世は、7月6日に90歳の誕生日を迎えます。チベット亡命政府のあるインド北部では、6月30日から一連の誕生祝賀行事が始まります。そして、その誕生日を前に、自身の後継者選びに関する声明を発表すると見られています。声明が発表されるのは7月2日です。日本や欧米でも、チベット仏教の精神世界を信奉し、ダライ・ラマを崇拝する人は多く、この声明に注目が集まるでしょう。

チベット仏教を象徴する言葉に「輪廻転生」があります。すべての生き物は死後に生まれ変わるという教えです。中でもダライ・ラマは観音菩薩の化身、すなわち「生き仏」とされています。歴代ダライ・ラマは、死去後に僧侶たちがその生まれ変わりと認定する男の子を探して後継者にする伝統が続いてきました。現在の14世も、13世の死去後に2歳(88年前)で後継者になりました。しかし、14世までは「チベットの中で」生まれ変わりの少年を探してきたという点がポイントです。

中国以外からの選出、女性の可能性も

現在、14世はチベットを追われインドにいます。チベットでどのように後継者を探すのか、という疑問が湧きます。だからこそ、14世自身による後継者選びに関する声明が注目されるのです。チベット亡命政府のあるインド北部では、7月2日から3日間、チベット仏教の聖職者による会議が開かれます。その初日である2日に、ダライ・ラマ14世がメッセージを発する予定です。

どのような内容になるのか、ヒントはダライ・ラマ14世が今年3月に出版した書籍にあるように思います。アメリカで出版され、日本ではまだ出版されていないその本のタイトルは『Voice for the Voiceless』(声なき者たちへの声)。つまり、共産党による宗教支配が厳格な中国のチベットに残り、チベット仏教の教えに沿うような声を上げられないチベット族に向けたメッセージなのでしょう。サブタイトルは「チベットの大地、チベットの民のために――70年を超える中国(共産党)との闘争」(Over Seven Decades of Struggle With China for My Land and My People)と翻訳できます。

ダライ・ラマはこの本の中で、自分の後継者(15世)は「中国以外で誕生する」と述べています。このほか、2日に発表される声明では「自分が世を去る前に、次のダライ・ラマを指名する」、もしかしたら「男性女性を問わない」といった内容も含まれるかもしれません。後継者は「チベット以外から見つける」、そして「自分の生前に指名する」、さらには「女性」かもしれない――。これらはすべて、初めてのことになる可能性があります。

どのような声明になるかは分かりませんが、初代ダライ・ラマが活動したのは15世紀。チベット仏教最高指導者の位が脈々と受け継がれてきた中で、現在のダライ・ラマ14世がチベットにいないという事態だけに、後継者選びはこれまでの例から大きく転換することになりそうです。

中国当局の思惑と国際社会への影響

中国当局はダライ・ラマ14世を「分離・独立主義者」と決めつけ、当然、後継者選びに関して14世の方針を認めないでしょう。中国は「ダライ・ラマという宗教的地位とその称号は、中国中央政府が定める」と言っています。つまり、「後継者を決めるのは、ダライ・ラマではない。北京だ。自分たちで選ぶ」ということです。中国当局がお墨付きを与え、いわば中国共産党によるダライ・ラマ15世を作り、90歳になる14世が世を去った後、このチベット問題に決着をつける――そのような計算があるのでしょう。

14世が2日に公表する声明がどのような内容であれ、中国当局は即時に対応できるよう準備を済ませているはずです。

これは単なる宗教問題にとどまらないでしょう。そうなれば、アメリカやヨーロッパといった中国とは別の価値観を持つ国々は、「宗教弾圧」と中国を非難するだけではありません。ましてやダライ・ラマ14世はノーベル平和賞受賞者でもあります。少数民族問題や貿易など、外交にも影響を及ぼす可能性があります。

ダライ・ラマの声明に注目しているのは、インドをはじめ世界各地に亡命したチベット人だけではありません。とりわけ固唾をのんで待つのは、ダライ・ラマを崇拝しながら、中国のチベットで暮らすチベット人、つまり本のタイトルにある「the Voiceless」(声なき者たち)でしょう。共産党指導部は、同化政策によって、彼らに対してチベット語の使用を制限し、標準語や共産党思想の教育を徹底しています。その締め付けは、習近平政権になって一段と厳しさを増しています。

声を上げられないチベット人たちは、ダライ・ラマが決めることなら、声を上げられなくても、心の中で受け入れるでしょう。信仰心の篤いチベットの人たちにとって、最も大切な存在だからです。90歳を迎え、後継問題がより現実的になる中、チベットの人たちにとって、ダライ・ラマ14世が遠くインドにいても、その思いは変わらないのでしょう。そして、そのことは、共産党政権には決して容認できない事態でもあるのです。

ダライ・ラマ14世が発表するという、後継者選びに関する声明。果たしてどのような内容になるのか、7月2日の発表が注目されます。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。