東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、7月13日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演。中国メディアによる尖閣諸島周辺の同行ルポを取り上げ、中国が仕掛ける「認知戦」の意図と日本の対応について解説しました。
中国国営メディアが報じた「同行ルポ」の真意
日本と中国が主権をめぐって対立する沖縄県の尖閣諸島。今回は、この尖閣諸島をめぐる問題を取り上げ、日本が最近「認知戦」と称して警戒を強めている中国の宣伝戦略について解説します。
先週、中国の国営メディアの一つで国際情報を扱う新聞「環球時報」のニュースサイトに、ある記事が掲載されました。その見出しを日本語に翻訳すると、このようになります。
「釣魚島周辺でパトロールする我国の艦船に同行ルポ」 「目撃 日本の妨害行為に立ち向かう中国海警局の合法的活動」
「釣魚島」とは尖閣諸島の中国語の呼称です。尖閣諸島は主に5つの島で構成され、最大の島が日本名で魚釣島ですが、中国側はそれを釣魚島と称しています。
この見出しからも分かるように、尖閣諸島周辺で活動する中国の海警局(沿岸警備隊)の船に、環球時報の記者が同乗してルポを書いたというわけです。
日本で尖閣諸島を含む先島諸島海域の警備を担当するのは、沖縄県那覇市に本部を置く海上保安庁第11管区海上保安本部です。記事や映像が報道されると中国側を刺激することにつながる恐れがあるため、日本の海上保安庁はメディアの同行取材を認めていません。一方の中国当局は、管理下にある国営メディアに同行取材を認め、大々的に報道させました。当局が意図した「宣伝」。これが今回の話のポイントです。
尖閣の歴史と、ルポが描く「日中の攻防」
記事の中身に触れる前に、尖閣諸島についておさらいしておきましょう。尖閣の島々の総面積は約5.6平方キロで、みずほPayPayドーム約50個分の広さです。日本最南端の沖縄県与那国島から北へ約150キロに位置し、行政区は石垣市に属します。
明治政府が1895年に日本領土に編入した日本固有の領土ですが、中国や台湾は1970年代以降、周辺海域で石油資源埋蔵の可能性が指摘された後に領有権を主張し始めました。さらに、日本政府が2012年に尖閣諸島を国有化したことで、中国の反発は一層激しさを増しています。
そんな尖閣諸島の警備を巡る中国国営メディアのルポは、日中間の「緊張の海」について、こんな書き出しで始まります。
「日本の海上保安庁の船舶による執拗な妨害や挑発行為を、記者は目撃した。日本側は、長時間にわたる追尾、急加速による接近、拡声器を使った警告といった戦術を用い、絶えず騒ぎを起こして意図的に緊張を煽っていた」
そして、こうも決めつけています。
「緊張の要因は、中国による正当な権益擁護によるものではない。日本側の一方的な挑発行為に端を発する。中国の活動の最前線から報告し、日本側が用いる嫌がらせの手口を明らかにする」
海岸から12海里(約22キロ)が領海となりますが、海上保安庁によると、日本の尖閣諸島の領海に中国海警局の船は今年1~6月の上半期だけで延べ36隻が侵入しています。海上保安庁の巡視船は中国船に対し、領海から出るように、あるいは侵入しないように警告を発し追い払いますが、中国側はそれを「日本の嫌がらせ」としているわけです。
さらに、接続水域(領海の外側の24海里)で繰り広げられる日中の巡視船同士の“攻防”を、ルポはこう描写しています。
「中国海警局の船に対し、左舷後方を追尾していた日本の巡視船が突然速度を上げた。そして進路を妨害しようと、中国側の船の船首を鋭く横切るような動きを見せた。こうした挑発的な動きに対し、中国船は即座に加速。針路を維持し、日本の巡視船に隙を与えなかった」
中国の「認知戦」と、日本の対抗策
中国メディアのこうした報道を、日本サイドは真っ向から否定しています。そもそも尖閣諸島は日本固有の領土なのですから、領海内に入ろうとしたならば追い返すのは当然のことです。尖閣に限らず、日本周辺海域を航行する中国海軍の空母に対し自衛隊の航空機が「妨害や挑発を繰り返した」と中国が主張した際も、日本側は「適切な対応を取った」と反論しています。
中国の対外戦術の一つで、とりわけ日本に対して仕掛ける手法として最近「認知戦」という言葉が頻繁に使われます。中国が国営メディアなどを通して一方的な主張や事実と異なるニセ情報を幅広く伝え、「実際に起きた出来事だ」と国内外に知らしめようとする手法です。今回紹介した中国メディアの報道も、その一例と言えるでしょう。
中国の認知戦に対し、日本も対外発信を強化しています。海上保安庁ではありませんが、日本の防衛省のスポークスマンが6月末に個人名義のX(旧ツイッター)アカウントを開設し、中国からの批判に対抗して日本語だけでなく中国語や英語でも発信を始めました。
小泉進次郎防衛大臣も3日の記者会見で、次のように述べています。
「自衛隊の活動や制度に関する誤った情報を放置し、黙っているだけでは、ウソも本当になりかねない危険性があります。平素より認知戦が生起していることを踏まえれば、国内のみならず、国際社会に対しても、事実や我が国としての考え方を分かりやすく示し、伝えるべきことはしっかりと伝えるなど、丁寧かつ、タイムリーな情報発信を積極的に行うことが重要だと考えています」
防衛大臣も、中国の認知戦を強く意識していることが伺えます。
冷静な対処と国際社会の理解
中国メディアの尖閣諸島同乗ルポに戻りましょう。長文のルポは、最後にこうまとめられています。
「高市政権は尖閣をめぐる緊張を絶えず煽ることで、防衛費の増額や反撃能力の整備が正当だと主張できるようになる」
中国が最近、日本に対して多用する表現に「新型軍国主義」という言葉があります。つまり、「尖閣諸島一帯こそ、日本が『新型軍国主義』の推進を目論む現場だ」と主張しているのです。当然、この尖閣ルポを読んだ中国の人々の多くは記事を信じ、愛国心を燃やし反日感情を募らせるでしょう。それは「習近平指導部の対日政策は正しい」という、中国国民向けのシナリオにも沿うものです。
尖閣の海は、実際の波以上に情報戦のうねりが高まっています。しかし、我々は中国側の意図的な情報発信にいきり立つことなく、冷静に対処することが大切ではないでしょうか。何より、中国のこうしたやり方は国際社会もよく理解しています。「どちらが正しいのか」も含めて、しっかりと見極められているはずです。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。





















