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再起動した首相・外相の“GW外交”「踏み絵」をキーワードに総括

ゴールデンウイークを中心に、岸田文雄首相は東南アジアとヨーロッパを歴訪。また林芳正外相は中央アジアや南太平洋の島国を訪問、さらに韓国の大統領就任式にも出席した。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した、飯田和郎・元RKB解説委員長は「踏み絵」をキーワードに総括した。  

G7のメンバー・日本に慎重姿勢貫いた東南アジアの3か国

コロナ禍もあって、ここ数年はなかなか行かない、行けない状態だった“GW外交”が岸田政権になって再起動し、首相らがどう動くかに注目していた。今回は、その外遊について「踏み絵」をキーワードに検証したい。言わずもがなだが、「踏み絵」とはイエス・キリストが描かれた絵を踏むことから転じて、意味・考え方や主義・主張を強制的に調べる行為をいう。

 

まず、岸田首相。インドネシア、ベトナム、タイを回り、首脳会談を重ねた。それぞれ意味合いがあり、インドネシアは今年、G20(主要20か国・地域)の議長国、タイはAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の議長国だ。G20、APECともにロシアが加わっている。岸田首相は2つの議長国首脳に対して「ウクライナ侵攻を続けるロシアとの関係をこれまで通りにはできない」というG7(日米欧の主要7か国)の対応を、直接伝える役割を担っていた。

 

ちなみに、ウクライナ問題に関して、岸田首相は「日本はG7の中で、アジア唯一のメンバー国」という言い方を繰り返しているが、より適切な表現は「途上国への対応についての役割分担」だろう。欧州がアフリカを担当するなら、日本はアジアということだ。

 

ところが、岸田首相がロシアへ圧力をかけるようにと働きかけ、協力を要請したのに対し、どの国も慎重な姿勢を貫いた。岸田首相と東南アジア3か国首脳とのそれぞれの記者会見では、ロシアへの名指し非難は避ける形になった。

“G7の踏み絵は踏まない”東南アジア諸国の反応は想定内

これは、岸田首相の東南アジア外遊が「思うような成果を得られなかった」という評価になるのだろうか。ただ、当初の期待値がどのレベルだったかも考慮したい。東南アジアの国々は、それぞれ国情は違っても、どの国も「全方位外交」「均衡を取る」という姿勢だ。過去に植民地支配された経験から、様子見をしたり、勝ち馬に乗ったりするのは伝統的な手法だ。リスク分散にも長けている。だから、日本もウクライナ問題で大きな成果を得られるとは、当初から期待していなかったはずだ。

 

もちろん、ベトナムのように、ソ連時代から武器の購入を続けるロシアと深い関係にある国もある。ベトナムは国連のロシア非難決議を棄権、国連人権理事会ではロシアの資格停止決議に反対を投じている。

 

ただ、やはり東南アジアの国々にとって、大きな脅威としてすぐ近くに中国という存在がある。片方に縛られず、度が過ぎる干渉には反発するのが東南アジア諸国だ。彼らは踏み絵、とくにG7が求める踏み絵は踏まない。中国の台頭で今後の世界秩序がどのように構築されるかが読めないからだ。ロシアによるウクライナ侵攻でさらに混とんとしている。勝ち馬が決まるまで、様子見が続くのだろう。だから、岸田首相から見て、訪問した3か国の対応は、想定内だったと思う。

 

では、岸田首相の東南アジア歴訪の意義はなかったのかというとそうではない。むしろ、今回のアジア歴訪で、インドネシア、ベトナムで巡視船供与に向けた調査を開始することで合意し、海上保安能力向上への支援を約束した成果もある。海洋進出を続ける中国をにらんで、関係強化を意図している。

旧ソ連の国に“踏み絵”を踏ませるロシア

一方、林外相は3か国を訪問した。日本の外務大臣がカザフスタン、ウズベキスタンを訪問したのは12年ぶり。日本と両国とは今年、外交関係樹立30周年を迎える。もう一つの訪問先・モンゴルとは今年、国交樹立50周年を迎える。

 

この3つの国はいずれも、伝統的にロシアと緊密な関係にある。カザフ、ウズベクは旧ソ連の一員。モンゴルは、いわゆる衛星国だった。国連で採択された対ロシア非難決議では、カザフとモンゴルは棄権、ウズベクは欠席。そして、いずれもロシアへの制裁は実施していない。

 

ウクライナ問題に関連し、ロシアの政治外交が専門の横手慎二・慶応大学名誉教授が毎日新聞の取材に応じ、その内容が5月9日の毎日新聞夕刊に載っている。横手氏は、プーチン大統領の頭の中を分析しているのだが「今もソ連がそのまま残っているという意識を引きずっていると感じる」また「ウクライナはロシアの行政管区のようなイメージ」と述べたうえで「ソ連は15の共和国から成る連邦国家だった。その中心がロシアであり、ウクライナは属領という感覚から抜け切れていない」と語っている。

カザフもウズベクも、ソ連を構成した15の共和国だった。つまり、プーチン大統領からすれば、属領はウクライナだけではなく、カザフも、ウズベクもそうだ、ということだろう。

 

ウクライナ侵攻当日の2月24日から翌25日にかけ、ロシアのミシュスチン首相がカザフのトカエフ大統領と会談。プーチン大統領自身も、25、26日にウズベク、カザフ、キリギスの3か国大統領と個別に電話協議を行っている。

 

これを分析したのが、中央アジア地域研究が専門の、名古屋外国語大学の地田徹朗准教授。毎日新聞に寄せた地田氏の分析によると、ロシアによる周辺国への外交攻勢について「プーチン大統領が自らの勢力圏と考えている諸国に対する『踏み絵』である。今は、ロシアが他国に軍事侵攻しても距離を取らないという『踏み絵』を踏ませている段階。今後『踏み絵』のレベルを上げていく可能性が高い。旧ソ連諸国との関係を強く意識しつつ、停戦交渉の実施も含め、戦争の進ちょくを見極めているように見える」としている。

カザフスタンは今年1月、死者200人以上を出す騒乱の際に、ロシア軍を中心とするCSTO(=集団安全保障条約機構=旧ソ連7か国で構成する集団安全保障機構)の軍隊を国内に入れ、鎮圧してもらったという“ロシアへの借り”がある。地田准教授は「ウクライナ侵攻は、旧ソ連諸国への『見せしめ』の意味合いも強いのではなかろうか」とも論じている。ソ連が崩壊して30年が経過するが、旧ソ連圏はロシアに縛られている格好だ。

カザフのトカエフ大統領は林外相に会った際、興味深い話をしている。「林外相との会談と同じ日のすぐあとに、プーチン大統領と電話会談する」と。まさにロシアはカザフに何度も「踏み絵」を踏ませようとしているのだろう。すなわち、旧ソ連圏、それに衛星国だったモンゴルに対し、日本がウクライナ問題で足並みをそろえるように求めるのは、難しい。むしろ、これら国々は東南アジア同様、中国とのつながりが深い点でも共通するだけに、今回の林外相訪問には「中国をにらんで」という意味合いもある。

南太平洋の島しょ国を訪問した林外相、その意味は?

林外相がGW後半に行ったフィジー、パラオへの訪問に話を移す。この番組で以前にも紹介したが、南太平洋にある島国、ソロモン諸島が中国と安保協定を結んだほか、中国は南太平洋の途上国への攻勢が目立つ。林外相はフィジー、パラオそれぞれに、この安保協定締結が「地域の安保環境に大きな影響を及ぼし得る」と懸念を伝えている。

日米、オーストラリアやインドが目指す「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、太平洋の島しょ国はアメリアとアジア、オーストラリアを結ぶ中間にある。海上交通などで戦略的に重要な場所と言えるだけに、てこ入れに懸命だ。

影響力の大きな国が、周囲の国々へ「踏み絵」を踏ませる――。国際政治の一断面だ。

 

 

飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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