フィリピンと聞いて最近、連想するのは、広域強盗事件の指示役を含むとみられる日本人4人の強制送還のニュースだろう。しかし「日本とフィリピンとの協力関係は新たな一歩を踏み出している」と指摘しているのは、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長だ。出演したRKBラジオ『田畑竜介 Groooow Up』で語った。
広域強盗事件のほかに重要なポイントがあった首脳会談
「スマホで外部と自由に連絡が取れる」「カネ次第で待遇が違う」…。各地で相次いだ広域強盗事件で「ルフィ」などと名乗り犯行を指示した疑いがある4人が収容されていたフィリピンの施設をめぐって、ワイロにまみれているとの報道が目立っている。
そのフィリピンからマルコス大統領が2月8日、来日した。父親も元大統領で独裁的な支配体制を築いたことで知られる。母親のイメルダ夫人も、大統領夫人時代は贅沢の限りを尽くし、のちにハワイに亡命した際には、マニラの大統領宮殿に、1000足以上の靴を残したことが話題になった。多くの日本人にも記憶にあるだろう。
話を戻すと、その日本人4人の強制送還が、首脳会談当日の2月9日までに実現した。その首脳会談でも、メディアの注目はあの広域強盗事件だった。だが、この首脳会談での重要なポイントはほかにある。日本の東アジアの安全保障戦略が大きな一歩を踏み出したのだ。それを伝えたのが以下のニュース。
岸田首相は2022年度と23年度に、ODA(=政府開発援助)と民間投資、合わせて6000億円の支援をフィリピンに行うと表明しました。
岸田首相とマルコス大統領は、災害救助や人道支援を目的に、フィリピンに自衛隊を派遣する際、手続きを円滑化することで、合意しました。
合わせて、自衛隊とフィリピン軍による、共同訓練の強化に向けた枠組みの検討を続けることで一致しました。
両首脳が合意したように、「災害救助や人道支援を目的に、フィリピンに自衛隊を派遣する際、手続きを円滑化する」、そして「両国の防衛共同訓練をさらに一歩進めるための枠組みづくりに着手する」――。安全保障を理由にした大きな戦略が見えてこないだろうか。
第一段階として、受け入れられやすい災害救助、人道支援の分野で自衛隊が実績を重ねる。それを足がかりに、第二段階では、自衛隊がフィリピン軍との間で、安全保障分野で「より踏み込んだ協力をする」――。そういう段取りだ。
先の大戦で、旧日本軍がフィリピンを占領していたという歴史がある。時代が変わったとはいえ、「日本の軍隊」の残影は今もあるはず。まずは慎重に、ということではないか。そして、中国を最初から刺激しないことも念頭に置いているのだろう。
そのフィリピンからマルコス大統領が2月8日、来日した。父親も元大統領で独裁的な支配体制を築いたことで知られる。母親のイメルダ夫人も、大統領夫人時代は贅沢の限りを尽くし、のちにハワイに亡命した際には、マニラの大統領宮殿に、1000足以上の靴を残したことが話題になった。多くの日本人にも記憶にあるだろう。
話を戻すと、その日本人4人の強制送還が、首脳会談当日の2月9日までに実現した。その首脳会談でも、メディアの注目はあの広域強盗事件だった。だが、この首脳会談での重要なポイントはほかにある。日本の東アジアの安全保障戦略が大きな一歩を踏み出したのだ。それを伝えたのが以下のニュース。
岸田首相は2022年度と23年度に、ODA(=政府開発援助)と民間投資、合わせて6000億円の支援をフィリピンに行うと表明しました。
岸田首相とマルコス大統領は、災害救助や人道支援を目的に、フィリピンに自衛隊を派遣する際、手続きを円滑化することで、合意しました。
合わせて、自衛隊とフィリピン軍による、共同訓練の強化に向けた枠組みの検討を続けることで一致しました。
第一段階として、受け入れられやすい災害救助、人道支援の分野で自衛隊が実績を重ねる。それを足がかりに、第二段階では、自衛隊がフィリピン軍との間で、安全保障分野で「より踏み込んだ協力をする」――。そういう段取りだ。
先の大戦で、旧日本軍がフィリピンを占領していたという歴史がある。時代が変わったとはいえ、「日本の軍隊」の残影は今もあるはず。まずは慎重に、ということではないか。そして、中国を最初から刺激しないことも念頭に置いているのだろう。
アメリカがフィリピンで進める巡回駐留とは
当然、日本がフィリピンとの安保協力を進めるのは、海洋進出を続ける中国の存在があるからだ。そして、アメリカとの共同歩調がある。マルコス大統領が訪日する直前、アメリカのオースティン国防長官がマニラを訪問した。アメリカはここで、中国を念頭に、防衛協力を深める具体的な行動を取った。
アメリカは1992年に、フィリピンから撤退した。フィリピンは、外国の軍隊が恒常的に駐留することを認めてこなかったが、米軍の「空白」が明らかになったこのエリアで、中国が南シナ海、東シナ海での領有権を主張し始めた。
危機感を持ったアメリカとフィリピンは、フィリピン国内5か所に、米軍が「巡回して駐留」することで合意した。米軍はこれらの基地に装備や、弾薬など備品を保管できるようになった。そして今回のオースティン国防長官のフィリピン訪問で、米軍がフィリピンで使える拠点をさらに4か所増やし、合わせて9か所とすることが決まった。
この米軍による巡回駐留、実は日本でも進んでいる。米空軍が沖縄県の嘉手納基地で運用している飛行隊を今後「巡回駐留」方式の部隊に置き換える計画が取り沙汰されているのだ。
嘉手納基地では現在常駐しているF15が老朽化してきたこともあって、アメリカ本土からステルス戦闘機F22を6か月の期間で送り込む計画で、すでに交替が始まっている。嘉手納基地は中国のミサイル攻撃を受けやすいことから、巡回駐留方式の方が、利点があるようだ。フィリピン国内での巡回駐留は、たとえば南部ミンダナオ島では主にゲリラ対策のためだ。
アメリカ軍の新たな拠点が、フィリピン国内のどこに置かれるか、というのが次の関心事になっている。新たに増える拠点うちの、少なくとも一つは、首都マニラがあるルソン島の北部だろうと、早くも注目されている。
ルソン島北部といえば、バシー海峡をはさんで、すぐ北側に台湾がある。アメリカ軍の巡回駐留拠点が増えるのには、フィリピンが中国と領有権を争う南シナ海を「睨む」ものもある。2月6日、フィリピンの沿岸警備隊巡視船が南シナ海の自国のEEZ(排他的経済水域)で、中国海警局の船から軍事用のレーザー光線の照射を受けた。フィリピン政府が中国に抗議している。
もしルソン島北部に新たな拠点ができれば、それは台湾有事、つまり中国による台湾侵攻、また海上封鎖という事態に備える意味合いが前面に出てくることになる。
アメリカは1992年に、フィリピンから撤退した。フィリピンは、外国の軍隊が恒常的に駐留することを認めてこなかったが、米軍の「空白」が明らかになったこのエリアで、中国が南シナ海、東シナ海での領有権を主張し始めた。
危機感を持ったアメリカとフィリピンは、フィリピン国内5か所に、米軍が「巡回して駐留」することで合意した。米軍はこれらの基地に装備や、弾薬など備品を保管できるようになった。そして今回のオースティン国防長官のフィリピン訪問で、米軍がフィリピンで使える拠点をさらに4か所増やし、合わせて9か所とすることが決まった。
この米軍による巡回駐留、実は日本でも進んでいる。米空軍が沖縄県の嘉手納基地で運用している飛行隊を今後「巡回駐留」方式の部隊に置き換える計画が取り沙汰されているのだ。
嘉手納基地では現在常駐しているF15が老朽化してきたこともあって、アメリカ本土からステルス戦闘機F22を6か月の期間で送り込む計画で、すでに交替が始まっている。嘉手納基地は中国のミサイル攻撃を受けやすいことから、巡回駐留方式の方が、利点があるようだ。フィリピン国内での巡回駐留は、たとえば南部ミンダナオ島では主にゲリラ対策のためだ。
アメリカ軍の新たな拠点が、フィリピン国内のどこに置かれるか、というのが次の関心事になっている。新たに増える拠点うちの、少なくとも一つは、首都マニラがあるルソン島の北部だろうと、早くも注目されている。
ルソン島北部といえば、バシー海峡をはさんで、すぐ北側に台湾がある。アメリカ軍の巡回駐留拠点が増えるのには、フィリピンが中国と領有権を争う南シナ海を「睨む」ものもある。2月6日、フィリピンの沿岸警備隊巡視船が南シナ海の自国のEEZ(排他的経済水域)で、中国海警局の船から軍事用のレーザー光線の照射を受けた。フィリピン政府が中国に抗議している。
もしルソン島北部に新たな拠点ができれば、それは台湾有事、つまり中国による台湾侵攻、また海上封鎖という事態に備える意味合いが前面に出てくることになる。
日本も台湾防衛の一翼を担っていくことに
そういう文脈で読み取れば、①アメリカ軍がフィリピン国内に置く拠点を拡大する。一方で、②自衛隊がフィリピンと、安全保障協力を推進するために、足がかりを築いていく――。この二つの決定は、一本のラインになる。
アメリカのバイデン大統領は「台湾が攻撃を受けたら、アメリカが防衛する」と明言している。岸田首相は1月、そのバイデン大統領との会談で、防衛費を大幅に増額すると約束した。この約束は、日本の防衛戦略にとって歴史的な意味合いを持つ。
そして、2月に入ってからのアメリカ国防長官のフィリピン訪問、そして日本とフィリピンの首脳会談は、1月の日米首脳会談での合意を、まずはフィリピンという国を舞台に、さっそく実行に移したということだろう。
当のフィリピン。マルコス大統領は軌道修正し、アメリカとの関係を再構築しようとしている。大統領は日本経済新聞のインタビューに対して、台湾海峡での有事の際に「フィリピンが巻き込まれないシナリオは考えにくい」と踏み込んでいる。
ただ、マルコス大統領は新年早々、北京で習近平主席と会談している。支援を引き出すことも含め、米中双方とバランスを取ろうとしている。フィリピンがアメリカに完全に傾斜した、ということではない。
いずれにせよ、日本はアメリカ軍の抑止力と連携・連動しながら、「台湾防衛」の一翼を担っていくことになった。フィリピンを舞台にそれが表れたようだ。自衛隊の役割は大きく変わっていく。
日本は相応の覚悟が必要、ということだ。しかし、すでにそのような状況の渦の中にあることを、我々国民は認識しているだろうか。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
アメリカのバイデン大統領は「台湾が攻撃を受けたら、アメリカが防衛する」と明言している。岸田首相は1月、そのバイデン大統領との会談で、防衛費を大幅に増額すると約束した。この約束は、日本の防衛戦略にとって歴史的な意味合いを持つ。
そして、2月に入ってからのアメリカ国防長官のフィリピン訪問、そして日本とフィリピンの首脳会談は、1月の日米首脳会談での合意を、まずはフィリピンという国を舞台に、さっそく実行に移したということだろう。
当のフィリピン。マルコス大統領は軌道修正し、アメリカとの関係を再構築しようとしている。大統領は日本経済新聞のインタビューに対して、台湾海峡での有事の際に「フィリピンが巻き込まれないシナリオは考えにくい」と踏み込んでいる。
ただ、マルコス大統領は新年早々、北京で習近平主席と会談している。支援を引き出すことも含め、米中双方とバランスを取ろうとしている。フィリピンがアメリカに完全に傾斜した、ということではない。
いずれにせよ、日本はアメリカ軍の抑止力と連携・連動しながら、「台湾防衛」の一翼を担っていくことになった。フィリピンを舞台にそれが表れたようだ。自衛隊の役割は大きく変わっていく。
日本は相応の覚悟が必要、ということだ。しかし、すでにそのような状況の渦の中にあることを、我々国民は認識しているだろうか。
◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
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