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問題山積の中国全人代は“習近平一極集中のショー”と化する!?

中国の国会に相当する全人代=全国人民代表大会が3月5日~13日の日程で開かれている。この全人代で習近平氏は、共産党総書記という肩書きに加えて、3期目の国家主席に選ばれる。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、全人代から見えてくる中国指導部の姿を分析した。  

人民代は習近平氏のショーと化す?

年に一回開かれる全人代は人民代表(=国会議員)、つまり全国各地の、あるいは軍などの代表約3,000人が北京に集まる。今年の全人代は、どのように意義付けたらいいだろうか? さまざまな言い方ができる。

・中国が昨年12月、正式にゼロコロナ政策を転換したあと「初の全人代」。

・中国の総人口が61年ぶりに、減少に転じてから「初の全人代」。

・ロシアによるウクライナ侵攻が続く中での「全人代」。
いずれにせよ、難問は山積している。中国政府は1年前、経済成長率「前年比5.5%」を目標にしたものの達成できず、過去30年間で二番目に低い3%にとどまった。その中で今年は「5%前後」を成長目標に掲げている。

 

また、社会不安も募る。中国中部の湖北省武漢市では医療保険制度の改悪に対し抗議デモが起きた。コロナ禍で長く続いたロックダウン(都市封鎖)の影響で、財政が圧迫されているという問題もある。

 

そんな中ではあるが、私は今年の全人代を「習近平氏が権力掌握したことを、国内外に見せつけるショーの場」と位置付けている。習近平氏は共産党での肩書は総書記。国家では国家主席。今年の全人代で、国家主席として、自分の側近たちを政府の新しいポジションに配する。

建国の父・毛沢東と並び「領袖」とされた習近平氏

全人代の開幕直前、中国共産党の機関紙「人民日報」に、いかにも習近平指導部がやりそうな、そして、今を象徴するキャンペーンが連日、掲載された。例えば、2月28日の「人民日報」では、第1面の三分の一を占め、さらに第2面のほぼ半分を使った、とても長い記事が掲載されている。漢字の文字数にして8500字あまり。400字詰め原稿用紙に換算したら20ページ以上になる。

 

記事の内容は、習近平氏が全人代で取り上げられた問題点に耳を傾け、彼の手腕で次々と解決・改善したというストーリー。その実例が全部で8つ、並んでいる。「科学技術の開発」「貧困脱出」「教育機会の公平」「障害者福祉」「食の安全」などなどだ。

 

この記事で気になることがある。それは、タイトルが「領袖と人民は常に心を合わせ」としていることだ。中国で「領袖」とは、建国の父・毛沢東を指す。昨年秋の共産党大会では、党規約に、習近平氏も、毛沢東に並んで「領袖」に格上げさせる動きがあったという。結局、見送られたが、この人民日報の用語から推測すると、今後、習近平氏を「領袖」に格上げさせる流れが進むのだろう。

 

「人民日報」を使ったキャンペーンは続く。3月3日のタイトルは「総書記(=習近平氏)の心にある『無私無欲』と責任」。また、翌4日の記事では、習近平氏の謙虚さや、青年期を過ごした農村を今も大切にしている姿を強調している。

 

共産党大会を経て3期目続投を果たした習近平総書記が、全人代で国家主席としても3選される。だから、機関紙でショーが展開されているのだ。

ナンバー2、ナンバー3は必要ない?

今年の全人代では、政府の新体制も正式決定する。指導部のナンバー2で、全人代初日に、政府活動報告を読み上げた李克強氏は、共産党や政府の役職を離れて引退する。李克強氏の経済改革は「リコノミクス」と呼ばれてきたが、任期途中から、経済担当の中心を外されてきた。まだ引退年齢に達していないものの、習近平氏との関係では溝があった。また、その李克強氏の後任の首相にも目されていた胡春華副首相も閑職に追いやられた。

 

一方、政府の要職を固めたのは、習近平氏の側近ばかり。その代表格が、首相に就任する李強氏だ。李強氏は習近平氏の地方時代の秘書役で地方勤務が長く、副首相の経験がない。中国では建国以来、初代首相の周恩来を除いて、首相は副首相経験者から選んできただけに、異例といえる。

 

李強氏は、習近平氏に次いで序列2位になった。だが実情は「ナンバー1だけが存在して、ナンバー2以降の指導者たちとはとてつもなく、持っている力に差がある」。その絶対体制が、この全人代で完成する。「ナンバー1はいるけど、ナンバー2、ナンバー3は必要ない」という言い方もできる。

 

慣例では、全人代の閉幕後に、首相が内外の記者と会見する。李強氏が首相に選出されれば、首相として初めての会見に臨むことになる。冒頭に紹介したように、難問は山積するなかで、李強氏はどれだけ自分の言葉で語れるだろうか?

朱鎔基氏の気概が伝わった会見での言葉

個人的な思い出だが、1998年3月、やはり全人代閉幕後に行われた中国の新しい首相、朱鎔基氏の会見が印象深い。朱鎔基氏は大胆な経済改革で、国内外から高く評価された政治家だ。清廉な指導者としても知られた。あらゆる質問に、手元の資料を見ることなく答え、こう誓った。

「たとえ目の前に地雷原があろうとも、底なしの沼があろうとも、私は後ろを省みることなく、勇敢に前進する。死をも厭わず、全力を尽くす決意だ」
私は会見の場に居合わせたのだが、この言葉を聞いて身体が震えた。会場から拍手が沸き起こったのを覚えている。習近平政権の新しいリーダーたちに、そんな気概があるだろうか。イエスマンばかりを周りに配置した組織がどうなるか? それは歴史が証明しているし、中国に限った話ではない。

◎飯田和郎(いいだ・かずお)

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。
 

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