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香りに満ちた“奥八女”の魅力 九州北部豪雨から11年

ラジオ

神戸金史

報道局解説委員長

20代のころから馴染みにしている福岡市の居酒屋がある。そこの常連さんに誘われて、この日曜日に4人でドライブに行った。向かったのは、福岡県八女市の星野川流域。そこは2012年九州北部豪雨の被災地でもあった。被災から11年、地元にある独特の“香り”を生かして元気に暮らす奥八女の人の様子を、RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で伝えた。(RKB解説委員・神戸金史)

水車で粉から線香を作っていのは国内に2カ所

居酒屋の常連・後藤雅英さんが「おすすめだ」と連れて行ってくれたのが、杉の葉っぱを水車で粉にしてお線香を作っている、「馬場水車場」。馬場猛さん(75)と千恵子さん(72)のご夫婦です。
 


八女市上陽町の山奥にある水車は、直径が5.5メートル、幅1.2メートル。水路を水が流れてきて回っています。杵がドン、ドン、と落ちてきて、杉の葉っぱを粉にしていきます。馬場さんはこんな話をしてくれました。

馬場:100年前から、こうやって粉をついている。お線香の原料は、何かご存じですか? 本来は、杉の葉っぱ。室町時代に中国から大阪に入って、その流れがここに来たわけです。その当時から杉の葉っぱ。今ほとんど東南アジアから入っていますけど、ここだけは昔のお線香でやっています。

神戸:杉の葉は、八女の葉を使っている?

馬場:八女杉。

神戸:こうやって作っているところは、あるんですか?

馬場:日本で2軒だけです。もう1軒は茨城県にあります。そこも、杉の葉を集めてやっています。

一昼夜かけてサラサラの粉に

杉の葉の粉に、タブの葉の粉を混ぜて粘性を持たせ、線香を作っています。杉の葉は裁断して、火室(ひむろ)で乾燥させます。3日かけるそうです。そして水車場に入れる。水車が羽根木を跳ね上げると、ドンと杵が落ちてくる。15本の杵が杉の葉をついていきます。一昼夜かけて、非常に細かい粒子になっていく。サラサラでしたよ。
 

馬場:手が汚れますよ。

後藤:香りが違うよね。

馬場:今、よその工場では香料を入れます。僕はそれをせず、このままの状態で線香を作っていく。これが本来の、昔からの線香。

馬場:若い方は、仏壇がないでしょうが。癒し系に使われる。アメリカにだいぶ送っていますが、全部癒し系です。

神戸:香りで心を落ち着かせて。

馬場:若い女の人が言うには、「朝起きて一本付けます。線香が30分くらい燃える。ちょうど化粧して出る時に消えます」と。

素朴な香料が入ってないので、素朴な、いい香りがするんです。パッケージもすごくおしゃれだし、リーフレットには英語の説明もあって、地域でこうやって盛り上げていこうという動きがあるんだなとよくわかりました。
 

九州北部豪雨で砂に埋まった水車

でもここもやっぱり、災害で被災していたんです。

馬場:150メートルくらい先に堰を作って、貯水している。

神戸:大雨の時、あふれたりしないんですか?

馬場:全部浸かりまして、1メートルの浸水だった。

神戸:そうですか! 復旧は大変だったのでは?

馬場:(豪雨は)7月だったですもんね。復旧は9月までかかりました。

神戸:水車は無事だったんですか?

馬場:水車は頑丈に造っていますから。4分の1は砂に埋まったんですけど、どうもなっていなかった。傷は少しついてましたけど。砂をずっと手で除去して。水車がどうもなっていなかったから、安心しました。

神戸:よかったですね!

本当に壊れなくてよかったです。水車はもう100年も続いているそうです。粉を作るだけじゃなくて、馬場さんが線香まで作るようにしたのが13年前。ご夫婦が2人でやっていらっしゃる。お元気で、「まだまだ頑張らなきゃいけないですね、あと10年ぐらいは」と言ったら、「10年経ったら85歳ですよ! でもできる限り頑張るよ」とおっしゃっていました。

耳慣れない植物「ベチバー」の魅力

ドライブには、居酒屋の常連客・カナちゃんとユイちゃんも一緒だったんですが、カナちゃんが「どうしても行きたい」と、お友達に会いに行ったんです。女性の仲良しグループが、八女市星野村の広瀬地区で古民家を改造したテイクアウトの食事の店「野の風」を6月初旬に開店しようと準備を進めていました。
 


そこで、耳にしたことのない植物の名が出てきました。「ベチバー」と言います。

インド産のイネ科の植物で、育つと人の背丈ぐらいになるそうです。切ったものを見たら、ワラみたいな感じでした。根っこにスモーキーな香りがあり、ハーブのように使っていく。インドなどで消臭剤としても広く使われているらしいです。中心で頑張っていらっしゃる渡邉妙子さん(74)のお話を聞きました。

渡邉:飲んでおられる方は、夜中も目が覚めて、眠れない人。

神戸:お茶みたいにして飲むんですか?

渡邉:ドライハーブになっています。急須にでもヤカンにでもポンと入れて。インドの人は熱中症になるので、カメに入れて飲んでいるんです。

神戸:いつから星野村で?

渡邉:災害があって、山の杉が立ったままザーッと流れてきて、ここら辺で農作物できないようになって……どうしようかとなった時に。インド産なので、越冬できるかテストをして、春になって新芽が出たので、植えさせてもらって。


渡邉さんの家では、車に関係した物品の製造販売をしているそうで、中古車のにおいを取るために何がいいか探して、消臭の目的でベチバーを使っていたそうです。ベチバーのお茶を飲ませていただきました。無色透明なのに、飲んだらすごくさわやかないい香りがして、「こんな味がするのか」とびっくりしました。

かやぶき屋根の古民家は築270年!

6月に開店予定のお店の裏に、古い家がありました。かやぶき屋根で、すごく目立つんです。そこにお住まいの高木茂子さん(68)は、ベチバーの栽培農家です。
 

高木さん:我が家の裏が田んぼだったんですが、5反ほど流されたんです。田んぼを父もその前もずっと作り続けていたんですけど、もう仕方ない。

渡邉:砂が入って、米ができない。「どうしようか」と思った時に、私の息子が「ベチバーをここに植えてみたらどうか」と。

神戸:ベチバーだけで、暮らしがが成り立つ感じですか?

高木:いえ、主人は勤めています。全然成り立ちません。

渡邉:今まであまり売れてなくて、やっと商品がいろいろできまして。でも、ベチバーをみんな知らないんです。「何それ?」って感じです。イネ科の植物で、インド原産です。

神戸:災害からの復興のために何かできないか、と。

渡邉:はいはい、そうです。ベチバーの日本製の香り。

カナ:ふんふん……なんか、ちょっと杉っぽい? 頭がすごいクリアになる感じがしますね。のどもすっと通りますね。


買って持ってきました。「ハーブウォーター」は、プッシュしてシュッとかける。部屋の中を消臭したり、自分の体にかけるとハーブ効果で気持ちがよくなるという話です。アロマテラピーの方が買っていかれることが多く、「普通の水を使うよりもずっと気分がよくなる」と評判だとおっしゃっていました。

何と「鶴瓶の家族に乾杯」で見た家だった!

ベチバーを栽培している裏の畑に案内してもらいました。

神戸:植えてから、どのくらいで収穫できるものなんですか?

高木:2年です。

渡邉:ここは屋根材として使うんです。

神戸:かやぶきの?

渡邉:それと、子供たちの遊び場にして。迷路を作って。その中にいると、子供たちのイライラも安らぐ。優しい子供たちができあがる。

高木:「さかなクン」が来るような。

かやぶき屋根の高木さんの家は、築270年。かやぶき屋根の修繕、大変じゃないですか。素材を集めるのも、大変。そこでこのベチバーを杉材と合わせて、かやぶき屋根に使ったらどうか、と。

どうも、この家を見た気がする…。「NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』に出ていませんでしたか?」と聞いてみたんですよ。私が見た番組の場所「かやぶき屋根、すごいなー」と思ったお宅だったんです。さかなクンがお孫さんと絵を描いたりして、ハートフルですごくよかったので、印象に残っていました。ちょっと調べてみたら2022年1月と4月に2回出ていました。まさかそのお宅だとは。途中で気づいて、びっくりしました。

広がるベチバーの用途

かやぶき屋根の修復に使えるんじゃないか。地域でハーブを作ってみたり、お茶として提供してみたい。レストランとかで提供できないか。消臭剤として活用できないか――。いろいろな商品が今開発中です。太い茎を「すだれ」にしてみたり、和紙作りにも乗り出しています。

渡邉:矢部川の下流に、手すき和紙の会社が昔いっぱいあったんです。

神戸:すいてみたら和紙になるのでは、と思ったんですか?

渡邉:もうなったんです、この前。1週間前にやっとできました。和紙屋さんに行って、「できますか」と聞いて。上の方の葉っぱをどろどろに溶いて、下の茎は溶けないので叩いて砕いて、すき込んでもらって。

(「野の風」スタッフの山口美保さんが和紙を持ってくる)

神戸:繊維が、見えますね。

カナ:しっかりしていますね。

神戸:まだ、先週できたばっかりなんですか?

山口:店の2階の珪藻土も、ベチバーの原液を入れて練って。全然においが違います。

神戸:すごいなー!

山口:もう「ベチバー御殿」にしようと。

香りに満ちた「奥八女」ドライブ

排気ガスが届かない場所で作ったベチバーを食品関係に使う、という話でした。子供の遊び場を作ったり、屋根材を造ったり、「ベチバー御殿」にしてみたり、いろいろなことワクワクしながらやっている主婦グループの方々でした。

こうやって、被災した地域が何かをきっかけにして元気になっていったらいいな、と。商売になるかよりも、それを使うことによっていろいろな地域の人たちがからみ合って、新しい商品が生まれたりする。それ自体が地域の力になっていくという意味では、すごく復興に役立つなと思いました。

このほか、ドライブでは、家具の「星野民藝」さんに新しい展示場ができていて、飛び込みで行ったんですけど、専務さんに丁寧に案内していただきました。サクラ材がすごくいい香りだったです。有名な「星野製茶園」にも行ってみたら、きれいなお店に商品がいっぱいあって、深煎りの八女茶を買ってみました。奥八女で、香りに包まれた休日でした。

たまたま「友達の家に行こう」と遊びに連れてかれただけなんですけど、「居酒屋の常連、すごいな」と思いました。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。