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100年前の無声映画『イントレランス』に命を吹き込む「活動写真弁士」

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映画がまだ「活動写真」と呼ばれた時代。音はまだなく、日本では「弁士」が映像に合わせてストーリーを語りました。「カツベン」の第一人者が、無声(サイレント)映画の最高傑作を上演する。そんな貴重な機会を、RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が取材。6月24日放送のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で紹介しました。

「カツベン」の第一人者・片岡一郎さん

活動弁士界の片岡一郎さん©博多活弁パラダイス実行委員会

映画が生まれた当時、「活動写真」と呼ばれていました。機関車がこちらに向かってくる映像を見たら、客席の人がみんな「はねられる!」と思って驚いてしまう。そんな時代が100年以上前にありました。

当時の映画は音声がないので「無声映画」(もちろんモノクロ)です。海外では映画館でオーケストラが音楽をつけて上映していたこともありましたが、日本で独自の発展を遂げた文化があります。それが活動写真弁士です。無声映画が上映されると、活動弁士がしゃべりながらストーリーを語っていく。映像に合わせて盛り上げたり、説明したり、笑わせたり。1つの話芸として「カツベン」がありました。

その活動弁士、現代の日本でもまだ十数人が活躍しているのです。2年ほど前に、新人の弁士をこのコーナーで取り上げたことがあります。

プロは全国に十数人・最年少23歳の“活動写真弁士”はなぜ生まれた? (2023年6月13日)

日本を代表する活動写真弁士の1人が、片岡一郎さんです。1977年東京生まれ、私より10歳くらい年下です。

片岡一郎氏 プロフィール 東京生まれ。日本大学芸術学部卒業。2002年、活動写真弁士の第一人者・澤登翠氏に入門。レパートリーは、日本映画、洋画、アニメ、記録映画など多岐にわたり、総演目数は約350作品。海外公演も積極的に実施し、これまでに約20カ国を回った。周防正行監督の映画「カツベン!」では高良健吾らの活弁指導も担当。映画史研究家の顔も持ち、著書に『活動写真弁史』(共和国)がある。NHK連続テレビ小説「ブギウギ」、映画「ゆきてかえらぬ」(2025年)、「BAUS映画から船出した映画館」(2025年)に弁士役で出演。

無声映画の「最高傑作」

DVD『イントレラス』付属のポスター=株式会社アイ・ヴィー・シー提供

片岡一郎さんが、映画史にその名を刻む超有名作品を取り上げ解説、その後に生の音楽付きで無声映画を上映して、カツベンを披露する。「片岡一郎〈講義+実演〉活弁でたどる無声映画史」というシリーズが、福岡で始まっています。2025年の1回目が5月、福岡市美術館ミュージアムホールで開催され、映画『イントレランス』という超大作が上映されました。

『イントレランス』(監督: D・W・グリフィス)は映画史に残る大傑作です。公開は1916年。高さ45メートル、奥行きが1キロメートル弱という巨大なセットが造られました。CGのある現代では考えられないことですが、CGがなくてもこれほど巨大なセットは類を見ません。このセットは大きすぎて壊せず放置されたまま、何年も廃墟のように残ったと言われています。

イントレランスとは「不寛容」という意味です。紀元前2500年の古代バビロン王国、西暦30年頃のイエス・キリスト、中世のフランス、現代のアメリカという4つの時代を行ったり来たりする、画期的な作品でした。時代が飛ぶときには、リリアン・ギッシュが演じる「揺りかごを揺らす女」のシーンが挟まれます。静かにゆりかごを揺らしているだけで、詳しい説明はないのですが、私は学生時代に観て、いつの時代も不寛容な出来事がたくさん起きるのを「歴史の女神」が見守っている、というふうに感じました。

アクション映画の定番「ラスト・ミニッツ・レスキュー」

熱弁をふるう片岡一郎さん©博多活弁パラダイス実行委員会

片岡さんの解説をお聞きください。

片岡一郎さん:今の我々でしたら、物語が進んでいって、それが突然過去に戻る「過去回想」は当たり前ですし、次の場面に行く時に、全然違う空間だったり、違う時間に行ったりすることも当たり前に受け入れられるんですけども、当時は「分かりづらい」と批判されました。ところが、グリフィスは「そうやることによって、映画らしい表現になるんだ」と主張したわけです。「映画でしかできない表現」を生み出して、今なら当たり前の様々な撮影技法を次から次へと誕生させて、定着させていったということで、「映画の父」と呼ばれるようになっていくわけです。

片岡一郎さん:ことに、グリフィスお得意の演出「クロスカッティング」。様々なパートを映していく中で、「ラスト・ミニッツ・レスキュー」という、グリフィスお得意の演出があります。これからご覧いただく『イントレランス』でも、その演出が使われています。

片岡一郎さん:簡単に言いますと、例えばヒロインが捕まっている。殺されそうである。悪役が迫ってくる。そして、そこに助けに行こうとする人が! パッと場面が移って、車が走って向かっていく。そうするとまたパッと画面が移り変わって、悪役がさらに迫って銃口を突きつける。ギャーという表情のヒロインが映る。そうしたらまたグーッと車が近寄ってくる。「もうどう考えても間に合わないじゃないか、どうするんだろ、どうするんだろ?!」で、パパッと画面が移っていって、「もうだめだ!」と思った瞬間に主人公がバーンと駆け込んできて、「助かった!」「間に合った!」。最後の1分1秒でようやく間に合った、という映像的な演出であっち行ったりこっち行ったりするからこそ、刺激的なんですね。

片岡一郎さん:舞台・演劇、あるいは本当に物語が時間通りに進んでいく演出でしたら、遠くから来るのが分かるわけじゃないですか。「あ、このくらいの距離だから、ということは、このくらいの時間には到着するよね、だったらこれは間に合うよね」となるわけですが、それが映画らしい演出によって「間に合うのかな?!」「どうなのかな?!」「いや間に合わないかもしれない」。映画だから間に合うに決まっているんだけども、「でもこれは間に合わない、どうしよう、どうしよう?!」という演出が可能になった。これもグリフィスの功績です。

映画『イントレランス』を監督したD・W・グリフィスが「映画の父」と言われているのは、こういった編集効果を独自にどんどん編み出したからです。

弁士と演奏 映像に合わせたライブ

片岡一郎さんが解説©博多活弁パラダイス実行委員会

映画『イントレランス』は3時間近い超大作です。講義の後で、活弁付きで上映されました。

古代バビロン編は、王国が裏切りから崩壊していく大変なスペクタクル。不寛容な人たちによって青年が無実の罪に問われ、死刑判決を受けてしまう現代アメリカ編。そんな話が行ったり来たりするところを、片岡さんの活弁でお聞きください。ピアノ演奏は上屋安由美さんです。

【古代バビロン編】 山の娘の兄は、裁判官に「妹が手に負えない人間である」と訴えた。

兄「何しろ、気に入らないことがあれば叫ぶし、ひっかくし、どうにもなりません」 山の娘「なんだって?」 兄「こいつの言い分なんて、聞かなくても結構ですよ」 裁判官「よい、何かあれば申してみよ」 山の娘「触るな!どいつもこいつも、人をなんだと思っているんだ!」 裁判官「なるほど。確かにこのままにはしておけぬな」

かくして判決は下った。彼女は結婚市場に送られ、良き夫を持つこととなる。

兄「おーら、行くぞ!」

【揺りかごを揺らすリリアン・ギッシュ】 揺りかごは揺れ続ける。こなたとかなたを結びつける。喜びと悲しみを歌いながら。

【現代アメリカ編】 物語は現代に返る。 ジェンキンス工場の配当金は、ミス・ジェンキンスの支援する慈善事業のさらなる要求に対応できなくなっていた。彼女は兄に不満を訴え、兄はやがて決断した。

ミス・ジェンキンス「兄さん、これでは世の中を向上させることはできません」 兄の社長「全員の給料を10%カットするんだ」 部下「はい」

労働者「なんだって? とんでもないことになるぞ」

この決定は当然ながら、労働者たちの大きな反発を生んだ。大規模なストライキが決行される。

労働者「ふざけるなジェンキンスの野郎め。俺たちからむしり取った金でもって、俺たちの人間性を向上させるとかぬかしやがる! 馬鹿にするのも大概にしろ!」

怒りは激しい渦となり、時とともに勢いを増していく。工場の機能は完全に停止した。労働者たちは、いかに飢えたりとはいえ、一歩も引くつもりはなかった。

労働者「もう我慢の限界だ……ジェンキンスを引きずり出せ!」

怒りの炎は赤々と燃え上がり、街中を飲み込まんとする。これを鎮圧せんと武力が行使される。それはまさに、不寛容から生み出された一方的な暴力であった。職人たちは逃げ惑うばかり。

「さあ! 構え……撃て!」

 
リリアン・ギッシュ=写真:ゲッティ

映画を上映しながら、その映像に合わせて活動弁士がしゃべり、ピアノが演奏する。1人でしゃべるので、声色を使い分けます。1つの「話芸」だと思います。


 

弁士独自の解釈で作るカツベンの台本

放送では使えなかった片岡さんのインタビューを掲載します。解説と活弁、3時間以上のステージを終えた直後にお話をうかがいました。

神戸: 今日やってみて、どんな感じでしたか?

片岡: 通しでやるの初めてなんですよ。なので、やっぱもっと台本を練り直さないといけないなという箇所がたくさんありましたね…。

神戸: 元の映画には音声がなく、そのあたりは解釈として台本を練っていくという形になるんですか。

片岡: そうですね。弁士は台本を自分で作りますので、それぞれ弁士によって作品解釈が変わります。この作品は構造が複雑ですので、「もう少し整理をしてあげないと伝わりきらない部分があるのかな」という感じもちょっとしています。一方で、「大きなテーマは追えたかな」という気もしてますね。

神戸: 活弁のお仕事は、面白いですか?

片岡: これはね、面白いんですよ。ただ、費用対効果がイマイチ、台本を書くのが手間なので、もうからないというところがありますね。ははは。

「博多活弁パラダイス」今後の公演

活動弁士の公演「博多活弁パラダイス」。シリーズ「片岡一郎〈講義+実演〉活弁でたどる無声映画史」は、あと2回の公演があります。

【7月27日(日) 『狂った一頁』】 1926年公開、衣笠貞之助監督。日本映画史上初の前衛映画で、現在も世界各地で上映され続け、カルト的な人気を誇る作品。

【9月7日(日) アメリカ映画『メトロポリス』】 100年後の未来(2026年)を舞台にしたSF映画。登場するアンドロイド「マリア」は映画史上最も美しいロボットと言われ、『スター・ウォーズシリーズ』のC-3POのデザインに影響を与えています。

会場は、福岡市美術館ミュージアムホール。
「博多活弁パラダイス」
https://www.instagram.com/hakata_katubenparadaise/

無声映画の傑作『イントレラス』の資料を持って

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この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。