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台湾総統選までカウントダウン…米国を舞台に仕掛ける与党・民進党

7月上旬、自民党の麻生太郎副総裁が台湾を訪れた。その台湾では来年1月13日に総統選挙が予定されている。その中で「ある立候補予定者の、ある行動」が関係国を巻き込んで、波風を立てているという。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長がRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。

現職の自民党副総裁として初の公式台湾訪問

8月上旬、自民党の麻生太郎副総裁が台湾を訪れた。日本と台湾が1972年に断交以降、現職の自民党副総裁として初めて公式の台湾訪問だった。中国が軍備の増強を続け、台湾海峡に緊張感が高まるなか、「台湾重視」の姿勢を示した。麻生副総裁はこの間、蔡英文総統と会談したほか、シンポジウムに登壇し、こう力説した。

「日本、台湾、アメリカをはじめとした有志の国に、非常に強い抑止力を機能させる覚悟が求められている。戦う覚悟だ」

「戦う覚悟」。つまり、中国と戦う覚悟。この発言の前に「最も大事なことは、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないことだ」と断ってはいるものの、私たち日本人が戦争について深く考える8月に、首相経験者、政権与党の最高幹部がこのような発言をすることに、個人的には疑問を感じる。

アメリカ有力紙への寄稿が中国との火種に

その台湾では来年1月13日に総統選挙が予定されている。総統選挙は4年に一度行われる。台湾の総統は「2期まで」が規定で、現在の総統、蔡英文氏は現在2期目だから、次の選挙では、新しい総統が生まれる。

すでに主要政党は、総統選挙の候補を決定している。与野党の3人の争いになりそうだ。その中で、「ある立候補予定者の、ある行動」が関係国を巻き込んで、波風を立てている。

その人物とは、与党の民進党政権のナンバー2・頼清徳氏だ。頼氏は7月、アメリカの有力紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」に寄稿した。その内容に対し、中国側が一斉に反発している。選挙まであと半年を切ったこのタイミングで、頼清徳氏サイドは、当選に向けて本格的に動き出し、中国サイドも、頼清徳氏の当選阻止に向けて、本腰を入れる口火となった。

寄稿の内容を要約すると、頼清徳氏が訴えたのは、自分が総統選で勝利したら、「中国との平和を維持できるとし、中国と前提条件なしの協議を行う」とし、「ほかの民主主義陣営(=アメリカや日本など)との連携を推進していく」とも述べている。

中でも「台湾海峡両岸(=中台)の現状を支持する。それが中華民国(=台湾)と国際社会双方にとり最善の利益だ。前提条件なしの対話の可能性を決して排除しない」と説明した。つまり、「現状維持が台湾と国際社会の利益にかなう」と強調しており、台湾の有権者や、アメリカや日本の懸念を払拭しようとする様子をうかがわせた。

台湾の大型選挙において、最大のテーマ、争点は「中国とどう付き合うか?」だ。だから、この文章は事実上、選挙公約といえる。もともと民進党は「中国とはできるだけ距離を置きたい」という考え方だ。党内には「台湾独立」を唱える人たちもいる。2回続けて、選挙に勝った蔡英文総統に続き、頼清徳氏も当選し、「民進党3連勝」となれば、中国の台湾統一はさらに難しくなる。

中国が警戒する頼清徳氏の総統就任

中国側は、頼清徳氏が寄稿した文章を、詳細に分析したようだ。2週間ほど経って共産党や政府の各部門が論評し始めた。

「頼清徳はアメリカのメディアに文章を掲載することを選び、再びアメリカに服従することを約束し、アメリカの太ももにしがみついた。隠された悪だくみは、『台湾を売り渡す』――。そのひとことに集約される」

これは、ワシントンの中国大使館が出した談話だ。なお、この談話内では頼清徳氏の肩書を「台湾地区のリーダーを選ぶ選挙の、民進党候補者」としている。つまり「台湾地区のリーダーを選ぶ選挙」=「台湾は中国の一地方に過ぎない」という立場。総統選挙ではない。さらに、「トラブルメーカー」と罵り、激烈な言葉を並べている。

「頼清徳は台湾海峡両岸の現状維持する、というが、その本質は平和的手段による分裂であり、民族の大義を売り渡すものだ」

「頼清徳は、『民主国家とのパートナーシップを強化する』などと言うが、本質は大胆にも台湾独立を謀るため、アメリカにしがみついているのだ」

このタイミングで、「ウォール・ストリート・ジャーナル」へ文章を寄せた頼清徳氏の狙いは、もう一つ、別のところにもある。政府の台湾担当部門は、頼清徳氏をこう非難している。

「頼清徳が『トランジット(経由地)』の名を借りて、『アメリカに依存して独立を企てる』という行為に、断固反対する」

南米パラグアイで8月15日に開かれた次期大統領の就任式に、頼清徳氏は蔡英文総統の「特使」として出席した。パラグアイは台湾が南米で唯一の台湾の外交関係を持つ国。頼清徳氏はその往路でニューヨーク、復路でサンフランシスコに立ち寄る。「トランジット」とはこのことを指している。

頼清徳氏にとってこのアメリカへの立ち寄りは、パラグアイ訪問同様、いや、それ以上に重要だ。アメリカでの日程は現在、公表されていないが、「次の総統になる可能性がある人物」として、どう振る舞うか。非公式ながら、アメリカ側とどのようなパイプを構築していくかという、大切な舞台になる。

頼清徳氏は、ニューヨークでの会合で「台湾の安全は世界の安全だ。台湾は今後も民主主義の道を進んで行く」と訴えた。「台湾の安全は世界の安全」というこのフレーズは、2021年に安倍晋三元首相が「台湾有事は日本有事」と述べたのと、言い回しが似ていて気になる。

「民進党3連勝」を阻止したい中国の揺さぶりは続く

頼清徳氏は63歳。貧しい家庭に生まれ、苦学して医師となった。その後、立法委員(=国会議員に相当)や、南部の中心都市の一つ、台南市の市長も務めた。行政院長(=首相に相当)の経験もある。

昨年7月、銃撃され死去した安倍晋三元首相の弔問のため日本を訪問した。これら経歴が示すように、民進党政治の中心を歩いてきた。一方で、日本では国会議員だけではなく、地方の首長らとの人脈もある。日本の政界ではかなり知られた存在だ。

ただ、総統選挙への出馬を意識してからは、発言は慎重になっている。中台関係の現状維持を志向すると約束し、独立色を抑えて、バランスを重視しているようだ。だが、過去に何度も台湾の独立を主張してきただけに、中国は警戒する。中国にとって、頼清徳氏はやはり「当選させたくない候補」だろう。

現在、世論調査では他の2人の立候補予定者をリードしている。パラグアイからの帰りに、アメリカ西海岸のサンフランシスコに立ち寄る。東海岸にある首都ワシントンから遠いだけに、往路に寄ったニューヨークと違う行動に出るかもしれない。

中国はこれからもさまざまな揺さぶりをかけるだろう。台湾の総統は2000年以降、民進党2期、国民党2期、民進党2期と、8年ごとの政権交代が続いてきた。来年1月にこれが壊れ、「民進党3連勝」となると、台湾の市民の心が、中国からより離れたものになっていることの証明と言えるかもしれない。それだけに、中国と台湾、それに日米を含め、あと5か月間さまざまな動きが出てくるはずだ

◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

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